歪んだ月が愛しくて1
「―――不思議な子ですね、立夏くんは」
暫くして俺達は正門に向かって再び歩き出した。
そして九澄先輩は何事もなかったかのように落ち着いた声でそう言った。
「不思議、ですか…?」
間違ったことを言ったつもりはない。
綺麗事かもしれないがさっきの言葉に嘘偽りはなかったと断言出来る。
でも不思議と言うことは九澄先輩にとって俺の発言は理解し難いものだったのかもしれない。
「勿論悪い意味ではありませんよ」
「……悪い意味以外に何があるんですか」
それ以外に思い付かない。
「ふふっ、立夏くんはいつも他人のために一生懸命ですね」
「そうですか?」
それは唐突に。
「友達が拉致されそうになった時も、尊が怪我を負った時も、恐極が学園を追われた時も…」
九澄先輩は俺の隣を歩きながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「先程も立夏くんは自分の身の危険も省みずに他人のために自ら危険の中に飛び込んだ。そして恐極を退学に追いやった僕のことまで心配してくれた…。立夏くんのような人はこれまで僕の傍にはいませんでしたよ」
「………」
「だから不思議なんです」と九澄先輩は言った。
困惑したように苦笑して、でもどこか少し嬉しそうな顔をしていた。
「……嘘、ですよ」
「え?」
でも俺だけなんて嘘だ。
「九澄先輩の周りには沢山いるじゃないですか」
九澄先輩を必要としてくれる人も、自分のことのように心配してくれる人も。
「“独りじゃない”って言ってくれた人がいたんでしょう?」
「、」
少なくとも俺の知る彼等は九澄先輩を必要としている。
自分のことのように九澄先輩を心配している。
そうじゃなかったらあんなこと言わないよ。
「傍にいないなんて、そんな寂しいこと言わないでくれよっ」
「………」
大切な人なんだ。彼等にとって九澄先輩は。
きっと九澄先輩にとっても彼等の存在はかけがえのないもののはず。
俺には、まだよく分からないけど…。
「……俺はどうでもいい人のために一生懸命にはなれません」
いつだって自分が一番可愛くてそんな自分を守るために他人を傷付けて来た。
しかしその代償は大きく俺ではなく俺のかけがえのない大切な人達を巻き込んだ。
『…ごめん、シロ……』
報復が、復讐が、失ったものは何をしても戻って来ない。
過去の思い出も、傷も、決して消えてなくならないように。
「大切な人だから一生懸命にもなるんです」
だから九澄先輩は見失っちゃいけない。
俺のように大切なものを手放しちゃいけない。
「大切、だから…っ」
念を押すようにもう一度強く伝えると、九澄先輩はクシャと柔らかそうな前髪を握り締めた。
「……本当、立夏くんには敵いませんね」