歪んだ月が愛しくて1
Prrr…
不意に九澄先輩のスマートフォンが着信を知らせる。
「……分かりました。すぐに向かいます」
電話口の相手と一言二言会話した後、九澄先輩は制服の胸ポケットにスマートフォンを戻して俺を見た。
「すいません。もう行かないと…」
そう言って九澄先輩は苦笑した。
その表情から察するにやっぱり帰りたくないんだと思った。
(潰れるって言ったそばから…)
行きたくないなら行かなければいいのに…、と言いたいのは山々だが九澄先輩の決意を聞いた後だから何も言えない。……いや、違うな。
否定したくないんだ。九澄先輩の考えも、決意も。
だから「行かなければいいのに」なんて無責任なことは口に出さない。
「九澄先輩」
その代わり応援するから。
ちゃんと笑顔で送り出すから。
「頑張れ」
「、」
そう言うと九澄先輩は一瞬驚いたように目を丸くさせた。
でも次第にその表情は柔らかいものへと変化していく。
無理をして欲しいわけじゃない。
その心が耐え切れないほど頑張って欲しいわけでもない。
でも九澄先輩が前を向くと決めたなら、自分の運命から逃げないと決めたなら、俺に出来ることはそんな九澄先輩を独りにしないことだけだと思ったんだ。
「行ってらっしゃい!」
待ってるよここで。
九澄先輩が戻って来るのを。
だから安心して行って来て。
「……はい。行って来ます」
ふわりと優しく微笑む木漏れ日の彼。
ああ、やっぱり九澄先輩の笑顔って好きだな。
そして九澄先輩は俺に背を向けて待機していた黒塗りの車に乗り込んだ。
「……ん、メール?」