歪んだ月が愛しくて1
蝶の懸念
立夏Side
「はい」
「はい?」
九澄先輩を見送った後、メールで紀田先生に呼び出された俺は生徒会室に戻らないことを未空にメールしてから1人で北棟にある社会科準備室に向かった。
そこで俺を待っていたのはフリフリのエプロンを着て両手一杯に分厚い本を抱えた紀田先生だった。
「……何、それ?」
「何って資料だよ。いつも授業で使ってる奴」
基本自習のくせに何言ってんだか。
社会科準備室とは社会科を担当する先生達の待機場所となってて授業で使用する教科書や資料の保管場所も兼ねている。
しかし以前頼稀に聞いたところどうやら現在ここは紀田先生専用の休憩所の化しているらしい。圧力掛けて追い出したのか…、想像の域だけど強ち間違ってなさそうだからあえて理由は聞かなかった。
「だから何でこれを俺に?」
「罰」
「は?」
罰?
何の?
「その顔は分かってねぇな?」
「うん」
即答すると頭に手刀が振り落とされた。地味に痛い。
「心当たりがないとは言わせねぇぞ。全く無茶しやがって」
「無茶?」
「ああ言う時はすぐに大人を呼べ。危ねぇだろうが」
……あ。
何となく分かった。
「もしかして…、さっきのあれのこと言ってる?」
「それ以外に何があるんだよ」
どうやら紀田先生は先程の出来事について既に把握していたらしい。
誰がチクッたのか知らないが余計なことしてくれたものだ。
「てか怒ってる?何で?」
「当たり前だろうが!一歩間違えたら大変なことになってたんだぞ!」
キーンと耳元で怒鳴られた。
まさか紀田先生に怒られるとは思わなかった。
紀田先生の先生らしい発言に思わず吹き出すかと思った。危ない、危ない。
まあ、紀田先生は俺のこと知らないからこれが普通の反応なのかな。普通って難しい。
「いいか、お前はまだ子供なんだぞ。自分だけで対処しようとか考えるな」
でも紀田先生は険しい表情を崩さぬまま真っ直ぐに俺を見て言った。
とてもじゃないけど吹き出せる雰囲気ではなかった。
「金輪際危ないことはなしだ。いいな」
俺もこんな真剣に怒ってくれる人を笑えなかった。
「立夏」
「………善処する」
「そこは嘘でも即答しろよ」
「嘘でも?」
「嘘でも」
不意に紀田先生の大きな手が俺の頭をクシャクシャと掻き回す。
「お前が無茶する奴なのは文月から聞いてる。それがお前の性分なんだろうけどここにいる間は俺の生徒だ。危険な目には合わせたくねぇんだよ」
「………」
そんな目で見られたら何も言えない。
反論も、否定も。
「だから少しは大人を頼れ。子供は甘えるのも仕事の内だ」
「特にお前の場合はな」と言って紀田先生は苦笑した。
「……贔屓か」
先公のくせに。
すると紀田先生はあろうことか開き直った。
「俺だって人間だからな。お気に入りの生徒には贔屓もしたくなるだろう?」
「お気に入り?誰のこと?」
「この場合お前しかいねぇだろうが」
はぁ…と大袈裟に溜息を吐いて紀田先生は笑った。
先程まで怒っていたのに、呆れていたのに、何で今はそんな風に嬉しそうに笑っているんだろう。……不思議だ。紀田先生のツボがよく分からない。
「じゃあアイツには内緒ね?」
シッと、人差し指を口元に持っていく。
「おまっ、内緒って…!(可愛過ぎんだろうが!!)」
「………ダメ?」
「っ、……こ、今回だけだからな!」
「やったー」
でも嫌いじゃないよ。そう言うところ。