歪んだ月が愛しくて1
「仕方ねぇな。今回だけは文月に黙っててやるよ」
「ワーイ」
「棒読みすんな」
ペシッと頭を叩かれた。
バカになったら紀田先生のせいだ。
「但し罰は受けてもらうからな」
「えー」
「えーじゃねぇよ。ほれエプロン」
文句を言って渋る俺に紀田先生は真新しいエプロンを渡して来た。
「いいじゃねぇか、どうせ暇だったくせに。偶には大好きな先生の手伝いしたって罰は当たらねぇだろう」
「……大好き?」
「大好き」
「おえ」
「何でだよ!?」
正直紀田先生の手伝いをするのは吝かではない。罰と言うなら甘んじて受けよう。
ただ一つ訂正させてもらうなら俺は断じて暇ではない。会長のパシ…専属庶務になったせいで毎日雑務に追われているのだ。しかもただの雑務ではない。ただの雑務の方がまだ良かったかもしれない。
「あのコーヒー通め…」
(カフェイン摂り過ぎてその内ぶっ倒れんぞ?)
すると無意識に呟いた声を紀田先生が拾った。
「ん?何か言ったか?」
「独り言」
「何だよ、気になるじゃねぇか。口に出したら最後まで言えよ」
「アンタには関係ないよ」
「いいから」
「………覇王のこと」
「覇王?」
正確に言えば会長のことだが。
「何かあったのか?」
「……あった」
そう言うと紀田先生は突然ガシッと俺の肩を掴んで前後に揺さぶった。
「お、おい!アイツ等に何かされたのか!?ま、まままさかヤられたってことは…っ」
「コーヒー」
「……は?コーヒー?」
パチパチと、紀田先生が激しく瞬きを繰り返す。
あのまま紀田先生に喋らせてたら可笑しなことを言いかねないと思いすぐさま本当のことを打ち明けた。
会長好みのコーヒーを淹れるために日々奮闘していると言うことを。
すると紀田先生はとんでもないことを口走った。
「……随分と楽しそうだな」
「は?」
楽しい?
俺が?
「一時はどうなるかと思ったが結果オーライだな」
結果オーライ?
そんなこと…、
『…ごめん、シロ……』
あるはずない。