歪んだ月が愛しくて1



「で、お前は何しにここに来たんだよ?」

「あ、それは…」



そう言い掛けて真剣な顔で真っ直ぐに俺を見つめる、西川くん。
かと思いきや西川くんは俺と目が合うとふわっと柔らかく微笑んだ。



「もう済みました」

「ん?」

「……そう言うことか」



どう言うこと?



「じゃあ僕はこれで!本当に、本当にありがとうございましたっ!」



そう言って西川くんは律儀に頭を下げて準備室から出て行った。



嵐みたいな子だったな…。

さっきまで怖い目に遭ってた子とは思えない。



「………あっ!」

「何だよ急に大声出して?」

「あの変なあだ名訂正するの忘れた…」

「もう遅い。既に殆どの生徒が知ってるぞ」

「はぁ!?何で!?」

「言っただろう、あの新歓以来お前は注目の的だって」

「ないわ…。てかネーミングセンスなさ過ぎて恥ずかしい…」

「それは言えてる」



オタクヤンキーとかダサ過ぎだろう。

てかオタクじゃねぇしそこはちゃんと訂正したかった…。



「そういやあの西川くんって…」

「1年S組の西川秋緒(にしかわあきお)。幼稚舎からの持ち上がりで野球部所属にしているS組の学級委員長」

「いや、別にプロフィールは聞いてない」

「ここに来た理由か?」

「そう。誰かさんは1人で勝手に納得してたけど」

「お前に会うためだろう」

「……は?」



俺に会うため?



「何で?」

「何でってさっきの礼がしたかったんだろう。アイツ小心者のくせに結構頑固で聞き分けねぇからな」

「ふーん…、頼稀知り合いだったんだ」

「いや、知らねぇ」

「え、でも今知ってる風だったじゃん」

「知り合いってほどじゃねぇよ。ここの生徒の個人情報くらいは頭に入ってるだけ」

「職業病?」

「みたいなもんだ」

「でも俺に会うのが目的なら何で西川くんはここに来たの?」

「西川は野球部だから顧問の紀田を通じてお前のことを聞こうとしてたんだろう」

「えっ、紀田先生が野球!?見えねぇ!!」

「どうせ名ばかりだ」

「まさか俺をここに呼んだのも…」

「そのまさかかもな」

「……さっすが初代。やることに無駄がなさ過ぎて逆に怖い」

「無駄に歳食ってるだけだろう」



そう言って頼稀は本棚の掃除を再開した。
俺に背を向けて黙々と作業を続ける頼稀を見て何とも言えない寂しさが押し寄せる。



「………」



まるで先程のやり取りなんてなかったかのように頼稀の態度は自然だった。



……いや。


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