歪んだ月が愛しくて1



「……俺のことはいい、です」



形だけの謝罪なんていらない。
そもそも謝るくらいなら他の連中を大人しくさせて欲しい。



「それよりも聞きたいことがある」

「何でしょう」

「……月は、本当にもういないのか?」

「ええ。先日退学届が受理されましたから」

「………」



やっぱり月はもうここにはいないのか。
九澄先輩の言葉を疑っていたわけではないがあの月が自分から進んでここを出て行ったとは考え難い。
覇王に強要されたにせよ本意ではなかったはず。寧ろあの月が自分の行いを素直に反省したとは思えない。



『僕にこんなことしてただで済むと思うなよ!僕は恐極組の若頭だぞ!』



『そうだ。ただ恐極組からの報復は心配しなくてもいい。今の恐極組は内部分裂で内輪揉めしてるからな』



あれで終わればいいが…。
ただ相手は裏社会の人間だ。
用心することに越したことはない。
いくら俺でも本職を相手にするのは分が悪い。



「恐極さんがどうかされました?」

「いや、別に…」

「退学の件が気になるのですか?でも藤岡さんが気にすることではありませんよ。彼がやったことは自業自得ですし、これまでにも目に余るものが多々ありましたから寧ろ退学処分に留まっただけ我々としてもダメージが少なく済みました」

「ダメージ?」

「これ以上覇王様の機嫌を損ねては親衛隊を設立した意味がありませんから。それは恐極さんだけではなく白樺さんにも言えることですが」

「白樺?」

「白樺さんにもお会いになったのでしょう。彼は藤岡さんと接触したあの日以来自室に篭もりがちになってしまい幹部としての責務を放棄しているんです。余程尊様にお叱りを受けたのが堪えたのでしょうね。吾郎が様子を見に行っても返事をするだけで部屋から出て来ないそうですよ」

「アイツが…」



先日の一件を思い出す。
あの時、白樺と会ったのは本当に偶然だった。
目が合った瞬間突然逃げ出すもんだからこっちもやけになって追い掛けたが、そのせいで白樺を巻き込んだようなものだからずっと申し訳ないと思っていた。



ただ自分から会いに行こうとはしなかった。



『だったら何で僕は罰を受けないんだよ!?』



そんなの俺だって分かんねぇよ。



教えてくれよ。

大切なものを傷付けてまで何で俺はこんなクソみたいな世界で生きなきゃいけないんだよ。



罰を受けたいと望んでいるのは俺も同じだ。



「しかし、それも仕方のないことです」



その言葉に思わず眉を顰める。



「仕方ない?」

「ええ。だって白樺さんは尊様の怒りを買ってしまったのですから」

「……それで仕方ない?会長を怒らせたから?」

「当然です」



意味が分からない。



「それは覇王だから?それとも…、会長だから?」

「愚問ですね。私は覇王親衛隊の総隊長ですよ」

「……つまり、アンタは会長狙いってわけか」

「下賤な言い方は好みません」



何が下賎な言い方だ。要は図星ってことだろう。
どいつもコイツも考えることは一緒だな。
いくら口調や仕草を取り繕ってお上品ぶっても結局は他人を卑下する醜い心が透けて見える。クソかよ。
だからと言ってその性質を非難出来るほど自分がお綺麗な人間かって言われたら真っ先に否定するんだけど。



(でも、何でかな…)



仕方ない、と言って切り捨てたその淡々とした口調が癪に障った。無性に。



「会長の機嫌を取るためなら白樺や月のことなんてどうでもいいってわけ?」

「否定はしません」



あ、ダメだ。

頭の中でプチンと音が鳴る。



「全ては尊様のた…「くだらねぇ」



会長のため?


……ふざけんな。



「アンタにとってはこれも所詮パフォーマンスなんだろう?会長のご機嫌を取るための」

「………」



ハッと鼻で笑っても桂木先輩は一切表情を変えなかった。
そんな彼が今何を考えているのか俺には分からない。分かりたいとも思っていない。



「回りくどいんだよ。覇王に媚びたいなら勝手にやれ。俺を巻き込むな」



俺の考えだって分かって欲しいとは思わない。



「マジで迷惑」



でもこれだけは言ってやる。


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