歪んだ月が愛しくて1
「アーゲハ!おっひさー!」
そう言って未空は俺の腕を強引に引いて勢い良く管理人室の扉を開けた…、と思いきや右足を振り上げて蹴破った。
「……嘘」
何で蹴った?
片手空いてんだから手で開けられんだろう?
イカれてんのかコイツ?
「はぁ、何でお前はいつもいつも…」
頼稀は未空によって破壊された扉を見て心底面倒臭そうに頭を抱えた。
そんな頼稀を横目に室内を観察する。
管理人室はやはりホテルの客室のような作りだった。
扉を開けて真っ先に目に飛び込んで来たのは真っ白の壁紙の長い廊下、その先に続くのは恐らくリビングか寝室だろう。
見たところ廊下の途中にもいくつか部屋があるので下手なビジネスホテルより広くて快適そうだ。
するとその音に気付いた人物がひょっこりと奥から顔を覗かせた。
「おやおや、誰かと思えば…。随分と派手な登場じゃないか」
その人物は金糸の長髪を片手で掻き揚げやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
この人がC組の寮長か。
色白で中性的な容姿と金色の長髪に一瞬女性かと思ったが、その声色は紛れもなく男のものだった。
それもそうか。何せここは男子校なんだから。
「全く、君と来たらいつもそうだね。君が訪ねて来る度に僕は寒々しい思いを虐げられているんだが気付いているかい?」
「大丈夫!もう春だ!」
いや、そう言うことじゃないだろう。
てか毎回こうやって登場してたのかよ。そりゃ迷惑がられるわけだ。
「それで今日はどうしたんだい?こんな可愛らしい駒鳥まで連れて」
「こ、こま…?」
「今日転入して来たリカだよ。外に置いてある段ボールと部屋のカードキーを貰いに来たんだ」
「リカ?」
「あ、リカは名前じゃなくて…」
だから「リカ」なんて呼ばれたくなかったんだ。
寮長は未空に付けられたあだ名に首を傾げて俺の顔を下から覗き込む。
「き、みは…」
そんな俺の顔を見て、寮長は一瞬身体を強張らせた。
深き森のコントラストの瞳とグレーがぶつかる。
寮長は俺を見るやピタッと言葉を閉ざした。
……何、そのお化けを見たような顔は?
ちゃんと足付いてんのが見えないの?
お化け扱いされんのは心外なんだけど。
「―――藤岡立夏ですよ」
するとどこからか声が聞こえた。
「貴方が長年待ち焦がれていた、ね…」
その声は俺の後ろから降って来て、頼稀は俺の背中を押して寮長の前に突き出した。
「あの、藤岡です。どうも…」
少しだけ頭を下げた。
深く関わるつもりはないが社交辞令としてだ。