歪んだ月が愛しくて1
頼稀Side
「ついて行かなくて良かったのか?」
紀田は立夏が出て行ったドアを見つめながら俺に言う。
「……俺が一緒に行ったところでアイツの意志は変わらない」
「その割には是が非でも生徒会を抜けさせたいみたいだな」
「盗み聞きなんて悪趣味だな。立夏に言い付けるぞ?」
「声がでけぇんだよ。聞かれたくなかったらもっと音量下げろ。それに悪趣味なのは俺だけじゃないぜ」
そう言って紀田はドアの方に向かってクイッと顎を出す。
するとタイミングを見計らったかのように管理人室のドアが開いた。
「お久しぶりです、初代」
ドアの向こうから現れたのは我が主、―――アゲハさんだった。
「おう、元気にやってるか?」
「はい、お陰様で」
「そいつは何よりだ」
紀田はヘラヘラと軽口を叩きながら懐から煙草を取り出して口に銜えた。
そんな紀田の口元にアゲハさんはすかさずジッポの火を近付ける。
「アゲハさん…」
カチャッ、と。
アゲハさんがジッポを仕舞ったタイミングで声を掛けた。
「留守番ご苦労だったね」
「……聞いてましたよね?」
そう言うとアゲハさんは胡散臭い笑みを見せた。
言葉にしなくてもその顔を見れば彼の思考が手に取るように分かる。
「珍しいじゃないか、頼稀があそこまで感情を表に出すなとは。僕の気配にも気付かないはずだよ」
「すいません、勝手なことをして」
俺はアゲハさんの顔を見ることが出来なかった。
「貴方の意志に背き勝手なことをしました。処分を受ける覚悟は出来ています」
「僕の意志?何のことだい?」
「強引に生徒会から引き離すことを貴方は望んでいなかったはずです」
「その通りだよ。でも君は僕の想像以上のことをしてくれた」
「……どう言う意味ですか?」
「僕の考えは誰よりも君が分かっているはずだろう。僕の願いはただ一つ、彼に再び本物の笑顔を取り戻すことだよ」
「分かっています。そのために俺はアイツを傷付ける者から守る義務がある」
「頼稀はそれが覇王の存在だと考えているんだろう?」
「はい」
「それなら君の行動は間違っていない。僕に君を処罰する理由はないよ」
「………」
間違ったことはしていない。
それでも軽率な行動だったことは自覚している。
「……アイツは俺の言葉に即答出来なかった。引き離すなら今だと思ったんです」
立夏の心が揺れているうちに。
決心が固まる前に。
「決めるのは彼だよ。どんな答えを導き出したとしても僕等は彼の選択を受け入れるしかない」
「でも、もしそれが俺達の望まないものだったら…」
そう言うとアゲハさんは静かに微笑んだ。
でもアゲハさんは何も応えてくれない。
それをあえて口に出さないのは俺を試してのことか、将又立夏の選択を信じているのか。
アゲハさん、俺はどうしたらいいんですか…。