歪んだ月が愛しくて1
「……で、話って何?」
何の用があるのか知らないが良い話じゃないのは確かだ。
文月さんが何の話題を切り出すのか内心気が気じゃなかった。
「悪かったな転入初日から留守にしてて。どうしても外せない仕事が入って顔出すことが出来なかったんだ」
「別に」
ずっと留守にしてて良かったのに。
寧ろ出来ることなら一生会いたくなかったくらいだ。
「学園生活はどうだ?楽しいか?」
「……アンタ、俺を騙したな」
「騙した?」
「アンタ言ったよな、ここは良い隠れ家だって」
「それがどうした?」
「どこがだよ!族ばっかじゃねぇか!」
「ああ、風魔のことか」
「頼稀だけじゃねぇよ!“B2”のアゲハも、あの連中だって…っ」
「あの連中?一体何のことだ?」
分かってるくせにあえて確信に触れずあくまで俺に言わせようとする。
文月さんのそう言うところが心底嫌いだ。
「………に、よ」
「あ?」
「っ、……“鬼”のことに、決まってんだろうが!!」
「っ!?」
感情に任せて叫ぶように言い放つと、文月さんは驚いたように目を見開いて言葉を詰まらせた。
どうせそれだって演技に決まってる。
「何で、言わなかったんだよ…」
何が良い隠れ家だ。
結局は奴等と同じ檻に閉じ込められただけじゃないか。
「ハッ、臭い物に蓋をしたってことかよ」
笑える。文月さんの言葉を真に受けて自分から檻の中に飛び込んで行ったなんてバカにも程がある。でも「情けない」と言う感情よりも先に奴等と同類扱いされたことが腹立たしくて惨めで、悔しくてそれ以上言い返すことが出来なかった。
「ちょっと待て。“鬼”って、まさか…」
白々しい台詞に文月さんから視線を逸らした。
「……知ってんだろう」
ああ、気分が悪い。
“鬼”のことも、文月さんのことも、本当は何も考えたくないのにどうしてこう言う時に限って俺を独りにしてくれないんだろう。
いつもみたいに放って置けよ。俺がどこで何してたって文月さんには関係ないだろう。本当に助けて欲しい時に助けてくれないくせに今更善人ぶってんなよ。
―――気持ち悪い。
ああ、ダメだ。
これ以上感情が昂ると余計なことを言ってしまう。
「大体誰のせいで俺が臭い物になったと思ってんだよ。こんな目に合ってるのも全部アンタが…」
『お前の居場所はそこじゃない』
「アンタ達の、せいで…っ」
「………」
怒りと憎しみで拳を強く握る。
柔らかい皮膚に爪が食い込み、先程指を切ったことも相俟って室内には微かに血の臭いが漂う。
「……もう離せよ。これ以上アンタの顔なんて見たくない」
文月さんの手を強引に振り払いソファーから立ち上がると、突然文月さんに腕を引かれて俺の身体がソファーに沈む。
「……何?」
そこにはいつになく真剣な顔の文月さんが俺を見下ろしていた。
「話はまだ終わっていない」
「だったら早く話せよ」
俺を見下す文月さんの威圧的な雰囲気に飲まれないようにこちらも負けじと下から睨み付けた。
「……“何で言わなかったか”と聞いたな」
「それが何?」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
「は?」
意味が分からない。
「何故アイツ等と一緒にいる?」
「アイツ等?」
「覇王だよ」
「それが何だって…」
その瞬間、紀田先生の言葉を思い出した。
『碌な目に合わねぇのは目に見えてんだろう?だから文月も心配してんだ。生徒会には近付くなよ』
……ああ、そう言うことか。
「紀田先生から言われなかったか?」
「言われたけど…」
「だったら何故アイツ等と一緒にいる?しかも俺様がくれてやった変装グッズが全く意味を成してねぇじゃねぇか」
「意味?」
この眼鏡に何の意味があったのやら。
そんなことを自分の眼鏡に触れながら考えていた。