歪んだ月が愛しくて1
「くだらねぇ」
グッと、文月さんの顔が近付く。
「罪悪感?それが何の役に立つ。そんなもんはとっとと捨てちまえ」
冷たくて暗い声。
まるであの日と同じ俺を心底蔑むかのような声色に頭の中が真っ白になった。
「別に、罪悪感なんて…」
……感じてない?本当に?
不必要な感情は捨てたはずだった。
あの日から俺はそうやって生きて来たはずだ。
それなのに最後まで口に出して否定することが出来なかった。
自分のことは自分が一番分かっている。
でも今は目の前の文月さんがあの頃と重なって自分が何者か分からなくなっていた。
“藤岡立夏”を否定された俺は何者でもない。ただのモノだ。
俺はどうすればいい?
俺は一体何がしたいんだろう?
次の瞬間、バキッと乱暴な音と共に理事長室の扉が開いた。
その音につられて仰向けの状態から顔を動かすと、そこには目が眩むほどの太陽が見えた。
「かい、ちょ…?」
「チッ」
会長は肩を上下に動かしながら荒い呼吸を繰り返す。
何でここに来たの?もしかして走って来たの?その姿に聞きたいことは沢山あったが会長の鋭く尖った黒曜石から目が離せなくて言葉が出て来なかった。
「離れろ」
地を這うような低い声。
その声がやけに不機嫌そうに聞こえた。
「は、なれろって、何が…っ」
不意に文月さんと目が合った。
それと同時に羞恥心が込み上げて来て文月さんの身体を力任せに押し返した。
俺は文月さんと距離を取るためにソファーの隅に移動するとどこからか舌打ちが聞こえて来た。
「……何の用だよ?」
文月さんは態とらしく溜息を吐くと胸ポケットから煙草を取り出して口に銜えた。
「決まってんだろう。テメーこそコイツに何の用だ?」
「質問を質問で返すんじゃねぇよ。まあ、どの道お前さんには関係ねぇことだがな」
「なら言い方を変える。俺の許可なくコイツを連れ出すな」
「そいつは聞き捨てならねぇ台詞だな。リツは自分からここに来たんだぜ」
「テメーがあんな放送したからだろうが」
「だからお前もここに来たってわけか?生徒会長様もご苦労なこった」
「テメーほどじゃねぇよ」
嫌味ったらしい文月さん。
でもそれに負けないくらい会長も横暴だ。
どうやら反りが合わないのは本当らしい。
「コイツは連れて帰る」
「待てよ。悪いが学園内のことならまだしも身内の事情にまで口を出さないでもらおうか」
「身内?」
「、」
その単語に俺の身体が強張った。
次に文月さんが何を言うか気が気じゃなかった。
「こう見えても俺様はリツの叔父様だからな。可愛い可愛い甥っ子が悪の道に進まないように指導してたってわけだ」
「文月さん、アンタ…っ」
「落ち着けよ。何れ分かることだ。それに当の本人はとっくの昔に知ってたみてぇだしな」
「し、ってたって…」
咄嗟に会長を見つめる。
それは否定して欲しい表れだったのかもしれない。
「それがどうした」
「、」
でも会長の言葉は呆気なく俺の期待を裏切った。