歪んだ月が愛しくて1



「―――藤岡立夏」



不意に背後から名前を呼ばれた。
突然の声に振り返るとそこには見慣れない男子生徒が立っていた。



「……誰?」



体調不良の上に考え事をしていたせいで男子生徒の気配に気付けなかった。
不信感を隠せぬまま俺はその場から立ち上がって男子生徒と正面から対峙する。



「お前が…」



男子生徒は一歩一歩とゆっくりと俺に近付いて来る。



どこか見覚えのある、彼。

……思い出せない。

でも俺の名前を知っていると言うことは初対面ではないのだろう。



「お前のせいで」

「、」



『貴様のせいで…』



ど、して…。

何で今あの人の声が聞こえるの?



俺の心を蝕むその声は耳を塞いでも止むことはなく直接脳に響いて来る。



「お前のせいであの方は学園を追われた」
『貴様のせいであの子は死んだんだ』



……違う。

だってあれは事故だって言ってた。

兄ちゃんも、文月さんも、哀さんも、そう言ってたじゃないか。



「お前の存在があの方を不幸にした」
『貴様の存在があの子を死に追いやったんだ』



違う、違うよ。

俺は何もしてない。本当に何もしてないのにっ。



「お前は死神だ。お前さえいなければあの方は今も学園で幸せに過ごすことが出来たのに」



―――本当に?



やめろ。



―――本当に何も覚えてないの?



もうやめてくれ。もう何も聞きたくない。



『―――死神っ!』



覚えていないことが罪だと言いたいのか。
直接脳に語り掛けて来る声が俺の首をジリジリと締めていく。
俺の記憶は断片的なものだ。父さんと母さんが死んだ時のこともはっきりとは思い出せない。だから俺は兄ちゃんや文月さんの言葉を鵜呑みにしてあれは事故だと思っていた。いや、そう思いたかっただけなのかもしれない。



分からない。

もう何が何だか頭の中がごちゃごちゃだ。



ただ一つだけ確かなのは“死神”と呼ばれ嫌厭される俺が母さんの生家である鏡ノ院家に恨まれていると言うこと。



他人に恨まれることにはもう慣れた。
あの声さえ聞こえなければ鏡ノ院家の人間に罵倒されても耐えられる。
でももし兄ちゃんやカナも鏡ノ院と同じように俺のことを恨んでいたら…、きっと耐えられない。
現に2人の両親は亡くなった。そのせいで兄ちゃんは進学を諦めて18になってすぐ就職して俺とカナの学費や生活費を工面するために寝る間も惜しんで働いていた。
それが全部俺のせい?俺が兄ちゃんの人生を変えた?俺の存在が家族全員を不幸にしてしまった?
俺のせいで…、俺が皆の傍にいたせいで…。



「あの方を不幸にしたお前を俺は絶対に許さない」
『貴様が死ねば良かったんだ』



……ああ、そっか。

俺のせいで皆が不幸になったなら俺が死ねば全部元通りになるのか。



だったら―――、





「死を持って、償え」





トンッと、肩を押される。

階段の上にいた俺の身体がゆっくりと後ろに倒れて行く。


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