歪んだ月が愛しくて1
少しの呻き声と共に会長はゆっくりと目を開けた。
「会長っ!」
「耳元で騒ぐな。鼓膜が破れる」
落下による痛みのせいか、それとも本当に俺が煩いのか、会長は眉を顰めて鬱陶しいそうな表情を見せた。
「そんなことよりも怪我はっ!?頭が痛いとか吐き気がするとかはない?」
「見ての通りちょっとした脳震盪だ。大したことねぇよ」
会長は上半身を起こしギブスをしていない方の手で後頭部を擦る。
階段から落ちて大したことないわけがない。ましてや俺を庇ったせいで会長はほぼ受身を取っていないし新歓の時の怪我だってまだ完治していない。
それなのに…、
「何で、こんなこと…」
怖かった。
会長を失うかもしれないと想像しただけで今でも手の震えが止まらない。
ポンと頭に何かが乗った同時に涙腺が緩むのを感じた。
「っ、何で…」
何でこんなことしたんだよ。
何で俺なんかを庇ったんだよ。
何で会長が傷付かなきゃいけないんだよ。
「立夏…」
「、」
キリッと目元を引き締めて俺を庇って階段から落ちた会長を睨み付ける。
会長の奇行が理解出来ない。それだけでなく会長は自分が怪我をしても尚気遣うような優しい声で俺の名前を呼ぶ。
(新歓の時だって、会長は…)
「おいたはそこまでだ」
その声に階段を見上げると、そこには見知った顔の3人が俺を突き飛ばした男子生徒を取り押さえていた。
男子生徒は呻き声を漏らしながら苦痛の表情を浮かべていた。
「クッソ!離せっ!離せぇええ!!」
「お前さ、俺のリカに何してくれちゃってるわけ?死にてぇの?あ?」
「未空、殺すのは流石に不味いので3/4殺しで我慢して下さい」
「それほぼ死んでねぇか?」
いつにも増して刺々しいオーラを放つ覇王3人は傍から見ても明らかに怒っている様子だった。
それなのに俺と目が合った途端、3人はコロッと態度を変えて。
「リカ大丈夫っ!?」
「怪我はありませんか?」
「丁度いいクッションがあって良かったじゃねぇの」
「おい、誰がクッションだ」
そんな風に軽口を叩きながらも3人は男子生徒を解放する気がない。
会長も3人の行動を一切咎めることなく彼等の気が済むまで放置するつもりのようだ。
「何で、皆までここに…」
タタタッと、複数の足音が近付いて来る。
この騒ぎで野次馬が嗅ぎ付けたかと思えば血相変えて現れたのは文月さんと哀さんだった。
「リツ大丈夫か!?」
「立夏様、ご無事ですか!?」
2人は階段の上から現れ俺の顔色を窺うと少しだけ安堵した表情を見せた。
「村雨っ!テメー、何でリツを襲った!?」
すると文月さんは男子生徒の胸倉を掴んで怒声を上げた。
「コイツが悪いんだ!コイツが月様を陥れたから!」
男子生徒は文月さんの勢いに負けじと声を張り上げた。
狂ったような叫び声に似たそれに男子生徒を取り押さえていた3人がギョッとする。
でも俺は違った。男子生徒の正体が分かったと同時に罵声を浴びせられる言われをはっきりと理解した。
「死んで償え!その命を持って月様に懺悔しろ!お前なんて死んじまえぇえええ!!」
「………」
きゅっと、下唇を噛む。
もう何度となく浴びせられた罵声にすっかり慣れていたはずなのに目に見えないシコリがチクッと痛んだ。
「お前が聖学に来たせいで月様は…っ。お前さえいなければ!お前なんて生まれて来なければ良かったんだ!」
ドンッと、鈍い音が響き渡る。
「黙れ」
会長のドスの効いた低い声に思わず肩が震えた。
自分に浴びせられた言葉じゃないのにこうなるってことは浴びせられた本人はその何倍もの恐怖を感じたことだろう。
「村雨日瀧。テメーをこの学園から追放する」
それでも会長は覇王3人に取り押さえられている人物をまるで親の仇でも見るような鋭い目付きで射抜きながら淡々と宣言した。