歪んだ月が愛しくて1
「異論はねぇな?」
その言葉に覇王3人は静かに頷いた。
そして会長の視線は階段上の文月さんへと移された。
「ああ。後のことはこちらで処理する。お前は早くリツを保健室に連れて行け」
「テメーに言われなくてもそのつもりだ」
「ついでに王様も診てもらえよ。頭打ってたら大変だからな〜」
「頭打つとバカになるって言うもんな」
「でも尊の場合は少しくらいバカになった方が可愛げが出ていいのではないですか?」
「「確かに!」」
「テメー等、後で覚えとけよ…」
そう言って階段上にいる覇王3人に睨みを効かせた後、会長は「立てるか?」と俺を気遣うような声色で俺の手を引いてゆっくりと立ち上がらせた。
「何で…」
何で庇ってもらった俺が怪我をした会長に介抱されているのだろう。
何で俺のせいで巻き込まれた会長が俺なんかを気遣うのだろう。
そんなことを考えていたせいで無意識に俯いていると、会長は俺の顔を覗き込んで「どうした?」と尋ねて来た。その険しい顔に何も応えることが出来ず首だけを動かして否定した。
「残念でしたね」
「お前の復讐劇もここまでだな」
「とっとと大好きな飼い主様のところに帰りなクソ野郎」
上から九澄先輩、陽嗣先輩、未空が息を吐くように毒を吐く。
「―――大切、か?」
「あ?」
そう呟いた後、村雨は覇王3人の拘束から逃れようと抵抗を見せた。
「そんなに藤岡立夏が大切かって聞いてんだよ!そんなどこの誰かも分からねぇ奴のことなんか!」
「どこの誰かって…」
「何意味分かんねぇこと抜かしてんだ?」
「見苦しいですね」
覇王3人は村雨の言動を真に受けていなかったが、俺は村雨に指を差された瞬間ぶわっと鳥肌が立つのを感じた。
「コイツはな…」
「やめっ」
嫌な予感に脳が粟立つ。
ダメだ。それ以上は聞かせちゃいけない。
だって俺は―――、
『―――死神っ!』
「アンタ等の大切な藤岡立夏は親殺しの死神なんだよっ!!」
言わないで、と心が叫ぶ。
「は?」
「親ごろしって…」
「貴方、この後に及んで何を…」
覇王3人は村雨の発言に困惑していた。
突拍子もないことを言われてその発言の真意よりも村雨の精神状況を疑っている様子だった。
村雨の発言を証明するものは何もない。逆に言えば俺がシラを切れば何とでもなると言うことだ。でも何も言えなかった。ただ一言「違う」と言う言葉が出て来なくて無情にも投げ掛けられた言葉をただ受け止めることしか出来なかった。
「死神が大切なんて笑わせる」
脳裏に過ぎったのはあの色が俺をあの日へと誘う。
消えていく、命。
目に見えない血に塗れていく掌。
絡み付く呪いのような恨みの声。
大切なものを守りたくて背負ったはずなのにその大切なものを壊したのは紛れもない俺自身だった。
否定出来るわけがない。
父さんと母さんを死に追いやったのは俺―――、
「黙りなさい」
その凛とした声にハッと我に返る。
「これ以上貴方の戯言に付き合うつもりはありません」
ゆっくりと、哀さんは村雨に近付いて行く。
その目はまるで汚物を見るかのように無機質で、でも瞳の奥には底知れる怒りが感じ取れた。
「嘘じゃないさ!プロに調べさせたんだから間違いない!藤岡立夏は実の両親に捨てられたくせに育ててもらった親を…「喋んなって言ってんだよ下種野郎が」
「っ、」
地を這うような低い声。
女性のものとは思えない声色に俺だけでなく文月さん以外の全員が目を瞠った。
哀さんは村雨の耳元に顔を近付けて何やら口を動かしていたが、村雨の顔色が変わると文月さんに向かって「これはこちらで引き取ります」と覇王3人から村雨を引き剥がし、3人掛かりで取り押さえていたはずの彼をたった1人でその両手を拘束し、文月さんとアイコンタクトを交わした後どこかへ行ってしまった。
「しかし…、何故村雨日瀧はここに入って来れたのでしょうか?」
「確かにここは金バッチがなきゃ入れない中央棟なのに…」
「村雨の入室を許可したのは俺様だ。今日の午後4時に恐極月の退学の件で話がしたいと事前に連絡があったからな」
「成程ね。それで運悪くりっちゃんと遭遇して怒りに我を忘れた村雨が階段の上からりっちゃんを突き落としたってことか」
覇王3人と文月さんの会話が全然頭に入って来ない。
それ以上に俺の思考を占領するのは村雨が放ったあの言葉。
哀さんの声に一瞬我に返ったとは言え一度廻り始めてしまった思考はあっさりとあの日に引き戻した。
頭がガンガンする。
あの色がちらついて気持ち悪い。