歪んだ月が愛しくて1
会長に腕を掴まれたままの俺はこの場から去ることを諦めて視線を落とした。
「……アイツの、言う通りだよ」
観念して吐き出した自分の声は吐き気がするほど弱々しくてまるで自分が悲劇の主人公にでもなった気分だった。
当然そんな自分に嫌気が差して誤魔化すように俺の腕を掴んだままの会長を睨み付けて乱暴に声を荒げた。
「俺は普通じゃねぇんだよ!俺と関わった人は皆不幸になる!だって俺は…っ」
『―――死神っ!』
「死神、だから…っ」
散々言われ続けた言葉を自分の口から吐き出すのは堪えるものがある。
涙が溢れそうになるのを歯を食い縛って必死に堪えた。
「父さんと母さんが死んだのも俺のせいなんだよ!俺が、あんなこと言ったから!」
『早く帰って来てね!』
ああ、何て無邪気で残酷な言葉なんだろう。
両親が事故で死んだと聞かされた時、子供心に自分が許されないことをしたとすぐに分かった。
どんなに後悔してもどんなに償っても償いきれない俺の罪。
「兄ちゃんもカナも、アイツのことも!全部、全部俺がいけないんだ!俺がいるから、俺が生まれて来たから…っ」
「………」
「あの時、父さんと母さんが死んだ時、本当は俺が死ねば良かったんだ!そうすれば誰も不幸にならなかったのに!」
どうして俺が代わりに死ななかったんだろう。
どうして俺を連れて行ってくれなかったんだろう。
あの時風邪を引いていなければ、「早く帰って来て」なんて安易にお願いしなければ…、父さんと母さんが亡くなったあの日からそればかりを考えていた。
できることなら生き返って欲しい。でも2人に会いたいと言う気持ちよりも俺のせいで不幸にしてごめんなさいって気持ちの方が強くて後悔ばかりが募っていた。
それなのに弱くて臆病な俺は死ぬ勇気すらなくて今ものうのうと生きている。
「俺が死ねば…っ」
俺を殺して。そう願っても振り返れば地面に蹲る人々だけ。
罪で汚れた両手と生臭い血の臭いに気が狂いそうだった。
黒と赤の世界が視界を覆う。
その色は俺自身の戒めだ。
もう大切な人を失いたくない。
出来ることならどんな些細な傷も負って欲しくない。
でもいざ目の前で大切な人を傷付けられたらきっと俺は咎なき命を危険に晒すことも厭わないだろう。
矛盾しているが、きっとそれが俺と言う人間の本質だ。自分善がりで身勝手で心底最低な人間。
(本当、幻滅だよ…)
「……お前は、自分を“普通じゃない”と言ったな」
ゆっくりと、会長が口を開く。
俺は後ろめたい気持ちから会長の目を見ることが出来なかった。
「……だったら、何?」
「自惚れるな」
「、」
会長の口調が一層強まる。
その声は俺を気遣っていた時のものとは違いどこか挑発するような好戦的な声色だった。
「普通じゃなかったら何だ?死神か?くだらねぇ。お前はどこもかしこも普通の人間だ。甘ったれてんじゃねぇよ」
感情に任せて顔を上げると会長の黒曜石には俺が映っていた。弱いくせに吠えることだけ一丁前な小さい自分がそこにはいた。
「何もかも自分のせいにすれば現実を見ずに済んだか?自分の境遇を不幸だと勝手に決め付けて一生テメーの殻に閉じ篭って逃げ続けるつもりか?」
会長の言葉にグッと拳を握り締めて視線を逸らす。
「逃げんな」
「、」
会長の大きな手が俺の頬を掴んで強引に視線を合わせる。
視線を逸らすことさえ許さない強い眼差しと有無を言わせない台詞に俺は何も言えなかった。