歪んだ月が愛しくて1
ぎゅっと、温かいぬくもりに包まれる。
「勘違いでも何でもすればいい」
低い声が鼓膜を揺らす。
その声があまりにも力強くて心地良くて嫌でも期待してしまう。
「確かに俺は過去のお前を知らない。お前の両親が何で死んだのかも分からねぇ。でもそれが何だ。過去を知らなかったら今のお前と一緒にいちゃいけないのか?」
その言葉と同時に俺の身体に巻き付く腕の力が増す。
「前に言ったよな、お前が言いたくねぇことは聞かねぇって」
……失いたくない。
本当は離れたくないんだと、実感してしまう。
「でもな、自分から境界線引くくせにそんな物欲しそうな顔するくらいなら端っから手伸ばしとけボケ」
俺をボケ呼ばわりする会長の口調はいつにも増して刺々しい。
でも乱暴な口調なのに、どうしてだろう。
そこには会長の言葉に頷きたい自分がいた。
「そうじゃねぇと捕まえられねぇだろうが」
「、」
胸が軋んだ。
不器用で乱暴な優しさに。
俺だって本当はこの手を伸ばしたい。
伸ばした手を掴んでもらいたい。
誰でもいいわけじゃない。
会長だから、失いたくないと思った大切な人達だから…。
「……無理、だ」
でもあの色がちらつく。
俺のせいで失ったものが脳裏に過ぎる。
『…ごめん、シロ……』
「そんな怖いこと、出来ねぇよっ」
もう繰り返したくない。
あの日を、大切なものを、俺はもう何も失いたくないんだ。
「俺の言葉が信じられないか?」
「………」
そう言われて否定することが出来なかった。
その後ろめたさから俺は会長と目を合わせられないばかりか会長の腕の中から顔を上げることすら出来なかった。
信じたくないわけじゃない。
会長の言葉を信じたいのに臆病で卑屈な俺は勇気がなくて一歩踏み出すことが出来なかった。
……やっぱり怖いよ。
無条件に他人を信じることは。
「……今は、それでもいい」
その声に俺は無意識に顔を上げていた。
「他人の言葉を無闇に信用するほど愚かなことはない。利口に生きたいならそれを忘れるな」
意外だった。
まさか肯定されるとは思わなくて驚いた。
「そう言う世界で生きてるからな、俺等は」
そう言って会長は階段の上にいる覇王3人を見つめた。
彼等は会長の言葉に肯定も否定もしない。
俺もそんな彼等に掛ける言葉が見つからなかった。
住む世界が違い過ぎる彼等のことを俺なんかが本当の意味で理解することは出来ないのだから。
「そんな世界の中で自分が信じられる奴を見つければいい」
きっと、一生懸かっても。
「……会長にはいるんですか?そう言う人が」
「俺が信じるのは俺だけだ」
その答えは何とも会長らしかった。
「今は怖くてもいい。信じらんねぇのは当たり前だ。警戒心剥き出しのお前に今すぐ信じろって言う方が無理な話だからな」
「……じゃあ、どうすればいいんですか?」
俺は会長のようにはなれない。
恐怖を抱えたまま全てを受け入れて、それでもまだ彼等と一緒にいられるほど俺は強くない。
「言っただろう、手を伸ばせって」
そんな勇気、俺にはない。
「お前が不安になったら呼べばいい。怖ければ頼ればいい」
「そんな、簡単に言うなよ…」
「簡単なんだよ」
なのに、どうして…、
「俺が、お前を捕まえてやる」
どうしてこの人はそんな縋りたくなるようなことを言うんだよ。