歪んだ月が愛しくて1
文月さんの視線が突き刺さる。
きっと大層驚いてるに違いない。
文月さんを嫌いになったあの日から何度も反発して来たが、一度だって文月さんの決めたことに逆らったことはなかった。
文月さんからしてみたら飼い犬に手を噛まれたも同然だろう。
「これは俺が自分で決めたことだから文月さんに何を言われても自分の意志を曲げるつもりはないよ」
「……初めてだな。お前が俺様に逆らったのは」
「かもね」
そっと覇王から離れて階段を上り文月さんの前に立つ。
「俺は今までアンタの言うことには逆らわなかった。父さんと母さんが亡くなった時も、あの家を出た時も、アイツ等から引き離された時も…」
その結果、文月さんを憎むようになったわけだが。
「……そうだな」
「でも哀さんが言ってた、アンタは寂しい人だって」
「あ?」
「その時は哀さんが何でそんなこと言うのか分からなかったよ。アンタは人の顔を見たら嫌味しか言わないし、俺の嫌がることして影で笑ってるような奴だから分かろうともしなかったけど」
正直分かりたくもなかった。
兎に角文月さんのことが嫌いで顔も見たくなくて、それ以外の感情を抱かないようにしていた。さっきまでは。
「でも…、本当はそれだけじゃないんだろう?」
そう言って文月さんを見つめた。
燻んだ鉛色の瞳に映る文月さんは俺の言葉に一切表情を変えることはなかった。
否定も、肯定もしない。以前の俺ならこの沈黙に対して声を荒げていただろうが今は少しだけ文月さんを前にしても余裕が出来てその表情を観察することが出来た。
「……アンタは、何がしたいの?」
「………」
文月さんの考えることが分からない。
だから聞いてみたくなった。好奇心とはちょっと違う。
「それを聞いてどうするつもりだ?お前の納得いく答えを出してやれば俺様の元に戻って来るのか?」
「アンタに支配されんのは御免だよ」
「後悔するぞ?」
後悔、か…。
「しないよ」
「………」
ああ、その顔。
あの時の文月さんと同じ。
『お前の居場所はそこじゃない』
悔しくて、寂しそうで。
それでも俺の前で気丈に振舞おうとする。
そんな文月さんを俺は知っている。
「俺が生徒会にいることでまた誰かを傷付けて不幸にするかもしれない。でも俺は…」
誤魔化したいならそれでもいい。
でも俺はもうそこに留まるつもりはない。
「こんな俺なんかを受け入れてくれた皆の傍にいたい」
心の奥底に封印した想いは「誰かのため」と言うには傲慢で烏滸がましいものだった。
それでもここにいることを彼等が許してくれるなら、勘違いなんかじゃなくてこんな俺を受け入れてくれると言うのなら、俺はまだここにいたい。生徒会に、彼等の傍に。
彼等と一緒にいれば何かを見つけられるような気がするんだ。それが何なのか分からないけど、胸に喉にまで広がって生まれて来るような言葉さえも見失うほどの何かが…。