歪んだ月が愛しくて1
本当はリツの傍にいたい。
どんな形でもいい。
リツが嫌がっても、俺を憎んだままでも。
でもリツは覇王を選んだ。
俺じゃない他の奴を。
傍にいたいのに、何よりも大切な存在なのに、俺以外を選んだリツを想うと複雑な気分だった。
リツのあんな笑顔を見たのは何年ぶりだろう。
あの日以来、リツは笑わなくなったばかりか人前で泣くことすらなくなった。
そう仕向けたのは自分のくせにいざ抜け殻のようなリツを目の当たりにしてとてつもない後悔が押し寄せた。後悔した時にはもう手遅れだった。破裂寸前までリツの闇を増幅させてしまったことに気付いていた時にはもう俺の言葉は届かなくなっていた。
結局俺が望んだものは何も手に入らなかった。後に残ったのはボロボロに傷付いたリツだけ。
それでも俺は…、
「―――おい」
その声にハッと我に返る。
驚きのあまり勢い良く振り返ると、そこには大切な者を掻っ攫って行きやがった憎むべき野郎が煙草を銜えて腕を組みながら扉に寄り掛かっていた。
「神代様」
ふわりと、煙草独特の香りが室内に広まる。
「……何の用だ?」
神代は俺の許可を得ることなく室内に足を踏み入れると、無遠慮に来賓用のソファーに座り偉そうに足を組んで踏ん反り返った。
「用があるのはそっちじゃねぇのか?」
「………」
そんな神代の高慢な態度と室内に充満する自分の物とは違う煙草の臭いに眉を顰める。
キャスター派の俺にとってマルボロの臭いは受け入れ難い。
何がきっかけで嫌いになったのか、今ではもう覚えていない。
俺は神代に対抗するように2本目のキャスターに火を点けた。
煙を吐き出すと不機嫌そうに眉を顰める神代の姿に少しだけ満足した。
「神代様、立夏様のお怪我は…」
「骨折や捻挫の心配はない。掠り傷程度だ」
哀はリツに怪我がないことを確認すると安堵した表情を浮かべて「そうですか…」と言葉を漏らした。
「神代様、この度は立夏様をお守り頂きありがとうございました」
「勘違いするな。お前等のためじゃない」
「なら何のためにリツを守った?俺様の弱味でも握ったつもりか?」
「ハッ、テメーのことなんざ端っから眼中にねぇよ」
神代は俺の言葉を嘲笑うように乾いた笑みを漏らす。
「俺が立夏を守ったのは俺がそうしたかったからだ」
「………」
「ただ、それだけだ」
その言葉に嘘や悪意は感じられなかった。