歪んだ月が愛しくて1
「残念だったな、思惑が外れて」
神代は言った。
挑発的な笑みを俺に向けて。
「思惑?」
本当憎たらしいガキだ。
この俺にナメた口を聞くとはな。
この男が“神代”じゃなければ即刻退学にしてやるんだが。
「アイツの弱いところを突いて俺等から引き離すつもりだったみてぇだが、生憎テメーが思っているほどアイツは弱くねぇよ」
「……何が言いたい?」
でも、その反面不気味だった。
「気に入らねぇんだろう。立夏が生徒会にいることが」
クソ憎たらしい挑発的な笑み。
だがその瞳の奥底に感じるのは…、
「テメーの手元から離れていくのが」
沸々と煮え滾るような怒りだった。
「……まるで俺様がリツに執着してるような言い方だな」
「そう言ってんだよ」
何もかも見透かしたような鋭い黒曜石が真っ直ぐに俺を射抜く。
「俺様がリツに執着?笑わせんな」
「確かに笑えるな。いい歳した大人がテメーの気持ちも満足に伝えられないばかりか雁字搦めに縛り付けることしか出来ねぇなんてな」
「、」
途端、言葉に詰まった。
この男はリツの何を知っていると言うのか。
何も知らねぇくせに知ったような口を利く神代に苛立ちが増す。
「弱いのは立夏じゃない、テメーだ」
その瞬間、俺の中で何かがキレた。
気付けば神代のネクタイを強引に掴んで引き寄せていた。
互いの鼻と鼻がぶつかりそうなところまで距離を縮める。
それでも神代の黒曜石は不気味なくらい冷静だった。
「お前にリツの何が分かるっ!?」
……違う。
冷静じゃないのは、俺だ。
「時系列だけ見て知ったような面してんじゃねぇぞ!アイツの闇はそんな簡単に消える代物じゃねぇんだよ!」
「……それを知っていて、テメーは黙って見てたのか?」
「、」
神代の言う通りだった。
俺はリツに何もしてやれなかった。
『―――助けてよ!』
あの日の後悔が何度も何度も押し寄せる。
何も出来なかった。
俺を求めて手を伸ばすリツから目を背けて俺は一番大切な者を傷付けた。
「今更テメーに説教するつもりはねぇよ。どんなに悔やんでもテメーが立夏にしたことは消えねぇからな」
リツを変えたのは俺だ。
いや、俺達鏡ノ院家の人間がリツの闇を増幅させた。
「ただこれだけは言って置く」
こんなはずじゃなかった。
こんな残酷な結末を望んでいたわけじゃないんだ。
ただ諦めて欲しくなかった。
「俺は、テメーとは違う」
どんな形でも、どんなに憎まれても、リツには生きていて欲しかったんだ。