歪んだ月が愛しくて1



「じゃあまた後でな。遅れるなよ」



神代会長の言葉に満足した俺は立夏に念を押してからリビングを出た。



「頼稀!」



すると立夏は俺を追って玄関まで早足でやって来た。



「どうした?」

「あのさ、どうしてあんなこと…」



立夏は声のトーンを落としながら時折リビングの方を確認する。



「ああ、聞こえてたのか」

「、」



まあ、態と聞こえるように話してたんだけどな。



「聞いてた通りだ。俺は神代会長の本心が知りたかった」



神代会長がどうやって立夏の心を掴んだのか。
そして本当にお前を任せられる人物なのか見極めたかった。



「だからって…」

「余計なこと言うなって?そりゃ悪かったな。でもこうでもしないと神代会長の本心は聞けなかったと思うぞ」

「……そんなの、分かんねぇじゃん」

「………」



信じたいのに信じられない。
過去に負った傷のせいで立夏はこれまでずっと苦しんで来た。
自分の存在すら見失ってしまうほどの真っ暗な闇の中で過去に縛られて今も身動きが取れないでいる。



……いや、闘っているのか。

信じたい自分と、信じられない自分の狭間で。



だから立夏は神代会長に手を伸ばした。

少しの期待と精一杯の勇気を出して。

例え過去を繰り返すことになったとしても後悔しないために。



それが立夏の強さでその本質。

本当に、何でお前はそんなに強いんだろうな。



「大丈夫」



お前なら出来るよ。

自分自身の闇に打ち勝つことが。



「今は信じられなくてもいい。ゆっくりで、焦らなくていいから…。もう他人を信じられない自分を責めないでやってくれ」

「え、」

「お前なら大丈夫だ。神代会長に手を伸ばしたように怖くても一歩踏み出すことを決めたお前なら…」

「………」



大切なものも、在るべきはずの幸せも、奪われた人生も、今は無理でもいつか取り戻せる。

俺はそう信じてる。



「そんな顔すんな。俺はどんなことがあってもお前を見捨てたりしない。絶対に約束する」

「頼稀…」

「神代会長のこともそれなりに信用してもいいかもな」

「それなりって…、やっぱり嫌いなんじゃん」

「好きじゃないのは確かだな」

「……捻くれ者め」

「神代会長ほどじゃねぇぞ」

「どっちもどっちじゃん」

「聞かれても知らねぇからな」

「えっ!?」



そして待ってる。

いつの日か本当の笑顔を見せてくれることを。


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