歪んだ月が愛しくて1
立夏Side
「大丈夫、か…」
頼稀から発せられたその言葉はどこか暗示にも似た期待のように聞こえた。
何が大丈夫なんだろう。
そんな根拠はどこにもないのに。先のことなんて誰にも分からないのに。
ただはっきりしているのは俺が頼稀の存在に助けられていると言うことだけ。
俺の心情を察して「大丈夫」なんて言ってくれたんだろうけど、察するくらいなら責任持って最後まで一緒にいてくれよ。
「何が大丈夫なんだ?」
リビングに戻ると会長はソファーに座ってコーヒーを飲んでいた。
しかも片手には新聞ってどこのオヤジだよ。
「……何でもない、です。それよりコーヒーはどうですか?」
「悪くない」
「よしっ」
「美味いとは言ってねぇぞ」
「いいの」
最近分かったことがある。
会長は見た目通り無愛想で口が悪いが、本当は仲間想いで意外に情に厚く感情を表に出すことが頗る下手な人だと言うこと。
安易に言葉にするとぶっ殺されそうだから本人には絶対言わないけど。
「いい香り…」
会長から貰ったコーヒー豆は俺好みの香りだった。
「ん、美味しい」
今まで飲んだコーヒーの中で一番かも。
俺が淹れたから当たり前か、なんちって。
「ねぇ、本当に貰って良かったの?」
「封を開けてから返されても困るぞ」
そりゃそうだ。
でも聞きたいのはそう言うことじゃない。
「……何だ、気に入らねぇのか?」
「その逆。今まで飲んだ中で断トツ美味い」
「ならいいじゃねぇか」
「俺的には嬉しいけど、だからこそ貰って良かったのかなと思って」
「いいんだよ。何度も言わせんな」
そう言って会長はコーヒーを口に含んだ。
何か腑に落ちないが、これ以上聞いたら機嫌を損ねそうだったから俺も会長の隣に座ってコーヒーを楽しむことにした。
不思議な感覚だった。
まさかこんな風に会長と肩を並べてコーヒーを飲むことになるとは。慣れって怖いな。
コーヒーだって最初は好きでも嫌いでもなかった。
ただコーヒーの苦味が俺をあの日へと引き戻した。
自分の罪を忘れるな、と。
それでいいと思っていた。
あの日を忘れてしまったら俺の中の彼等を否定することになるから。
夢だっていい。
悪夢だって構わない。
それでアイツ等に会えるなら…。
そう思っていたのに。
そう思っていたはず、なのに。
いつしかコーヒーを美味しいと感じている自分に気付いてしまった。
きっとそれは…、
「……ん?何だよ?」
彼等のせいだ。