歪んだ月が愛しくて1
◇
正直言って僕は父が嫌いだ。
僕と母の運命を変えたこの男―――皇清寿を、僕は心底軽蔑している。
「この家には慣れたか?」
父と顔を合わせたのはこれで二度目だった。
一度目はこの家にやって来た初日、父と母と3人で夕食を共にした時「大きくなったな九澄」と声を掛けられ返答に困ったのは記憶に新しい。
(大きくなった?)
初対面の人間に何言ってんだか。
そもそも感動の再会路線に持っていきたいのか知らないが、初対面の人間にそんなものを求められても困るし今更父親面されたところでこの男への好感度が上がることは絶対にないと言うのに。
「はい。ご配慮頂きありがとうございます」
「親が子供の心配をするのは当然だ」
何が親だ。
今まで親らしいことなんて何一つしたことないくせに。
僕は母の故郷であるドイツで生まれ育ち母方の祖父母の家で暮らしていた。
皇家ほどではないが母方の祖父母の家もそれなりの資産家で衣食住に困ることはなく最低限の教養やマナーも学ばせてもらった。
スクールではハーフと言うことで陰口を叩く連中もいたがそれは大した問題ではなかった。何故なら僕には彼等を黙らせるだけの家柄と教養、そしてこの容姿があった。つまりドイツでの生活に何の不満もなかったと言うことだ。
ずっと続くと思っていた日常。
死ぬまでドイツの地を離れることはないと思っていた。
その矢先、母の元に父から連絡が来た。
詳細な内容は聞かされていないが、母と僕を迎え入れる準備が出来たとのことだった。
その“準備”と言うのは恐らく前皇家当主である寿一氏が亡くなったことにより父を抑圧する人間がいなくなったことを指しているのだろう。
寿一氏が父と母の再婚に反対していたのは知っていた。ドイツにいた頃、友人宅の使用人が噂していたのを偶然にも耳に挟んだことがあった。
だから僕は父に会えない。
だから父は僕達に会いに来れない。
―――そう、思い込むようにしていた。
元々父と前妻は政略結婚だった。
しかし嫡男である浬を出産後、前妻は病死。
不謹慎にも父はそれを機に母を後妻として迎え入れるつもりだったようだが、それを寿一氏が猛反対したらしい。
理由は母が外国人だから…、ではない。
母と結婚したところで皇に利益がないからだ。
母の生家であるイーゼンブルク家はいくつかの事業を手掛ける資産家の家系ではあるが、皇と比べたらまだまだ弱小企業で皇の事業拡大に足を引っ張ることはあってもプラスの要因になることはまずない、と言うのが寿一氏の見解だった。
そんな寿一氏が先月病気で亡くなった。四十九日の法要の最中、父は自分を抑圧する者がいなくなったことをいいことに独断で母と僕を皇に迎え入れる計画を立てていたのだ。それを本人の口から聞かされた時は様々な感情が膨れ上がったが、最終的には―――ああ、これが僕の父親か、と幻滅した。
「エルザもお前が日本の生活に馴染めるか心配していたぞ」
「そうですか」
父が嫌いだ。
母の前では何ともないふりをして来たが、根底にあるのは母と僕を捨てた父に対する嫌悪感だった。
それでもこの男は紛れもなく僕の父親でその事実はどう足掻いても覆らない。
消化出来ない気持ちを抱きながらもそれでも現状に文句を言わないのはこの男が母を大切にしているからだ。
母を後妻として皇の籍に入れ、使用人達には屋敷の女主人として敬意を持って支えるように指示を出し、母の地位を確立するために動いていた姿を見て安堵したのを覚えている。
「お前ももう14だ。いつまでもエルザに心配掛けてないでエルザの身体のことを気遣ってやれ」
「……はい」
だが言い方を変えればこの男は母のことしか眼中にない。
つまり僕は母を日本に連れて来るための餌だったのだ。