歪んだ月が愛しくて1
「皇が日本の“表御三家”と言われているのは知っているか?」
「はい。ドイツのいた頃、皇の歴史は一通り学びましたから」
「そうか。なら話が早いな。お前に専属の教育係兼ボディーガードを付ける、入って来い」
父に紹介されたのは栗田と名乗る30代後半くらいの男性だった。
「栗田と申します。本日より九澄様の教育係兼ボディーガードとして尽力させて頂きます。宜しくお願い致します」
そう言って一礼する彼に僕も頭を下げた。
「九澄です。僕の方こそ宜しくご指導ねが…「九澄」
不意に父が僕の言葉を遮った。
「上に立つ者が無闇に頭を下げるな」
上に立つ者?
その言葉に違和感を覚えながらもその時は「……申し訳ございません」と適当に謝罪した。
「栗田は以前まで私の右腕として傍に置いていた者だ。だから皇のことも会社のこともよく知っている。栗田からよく学べ。上に立つ者として恥じぬようにな」
「……それは僕が“皇”になったからでしょうか?」
表御三家の一角として名を連ねる皇家は旧華族の末裔であり、現在は日本七大企業の一つとして位置付けられこの国にとってなくてはならない影響力を誇っている。
不本意にもその一族に仲間入りした僕にある程度の知識と教養が必要だと言うことは分かる。
でも気に入らない。
この男の言葉から滲み出て来る優越感と傲慢さが。
昔の伝統に固執して自身の力を過剰評価するトップなんて高が知れている。
「お前には私の仕事を手伝ってもらう」
質問の答えになっていない。
……つまり否定する必要がないと言うことか。
「スペアとして義兄のサポートに回れと言うことですね」
「深読みするな」
しかし僕の回答は不正解だった。
深読みするなと言うくらいなら初めから僕の質問に答えてくれればいいものを…。
この男の考えは理解出来ない。
いや、寧ろしたくない。
そう思ってしまうくらい僕はこの男のことが嫌いなんだろう。
そんな父がとんでもないことを言い出した。
理解出来ないとか、理解したくないとか、そんな次元の話じゃない。
「お前には私の跡を継いでもらう」
意味が分からない。
……この男、バカなのか?
「……な、にを、仰っているのですか?皇の後継者には浬さんが…、義兄がいるではありませんか」
「ああ、今まではな」
今までは?
「僕のような者が跡継ぎなど義兄が…、周囲が認めるはずありません」
「だからこそお前には周囲を黙らせるだけの力を付けてもらう。それにお前も私の血を分けた息子だ。皇の血が流れている以上そう言う意味ではお前と浬の立場は等しいと言える」
「しかし…っ」
「九澄」
気安く呼ぶな。
それは母が付けてくれた僕の名だ。お前のじゃない。
それは僕のものだ。
「私が愛しているのはお前の母親だけだ」
「、」
……ああ、気持ち悪い。
この男が僕の父親?
いい歳して色恋沙汰にうつつを抜かしてる、この男が?
「だからこそ私はお前を跡継ぎに指名する。政財界でのエルザの立場は未だ確立していない。低俗な連中は根も歯もない噂を風潮しエルザを精神的に追い詰め母国に帰そうとしているようだが、そんなことは断じて私が許さない。どんなことをしてでも排除するつもりだ」
「………」
「その内の一つの手段がお前だ。この意味が分かるな?」
「……はい」
「お前に必要な知識や教養、そして“次期皇の後継者”と言う肩書きは何れお前自身の糧となり同時にエルザを守ることに繋がるだろう」
その言葉を最後に僕は自分の感情を押さえ込むのに精一杯でそれ以降の記憶が曖昧だった。