歪んだ月が愛しくて1

矛盾




立夏Side





俺は生徒会室を出てからエレベーターで1階まで降りて正面玄関に続く廊下を黙々と歩いていた。
未空に連れられてここまで来たが、出入口は一つだからきっと迷うことなく帰れるだろう。



「……立夏様?」



その矢先、不意に名前を呼ばれて足を止めた。
聞き覚えのある声に振り返るとそこにいたのは哀さんだった。



「哀さん?何で…」



そう言い掛けて言葉を飲み込む。
ここは理事長室や生徒会室が入った中央棟だ。
理事長の文月さんが出入りするこの場所に哀さんがいても可笑しくない。



「立夏様こそ何故こちらにいらっしゃるのですか?」

「あ、それは…」

「立ち話もなんですしどうぞこちらへ」

「いや、俺…」



正直行きたくない。

だって連れて行かれるのはきっとあそこだから。



「立夏様にお伺いしたいこともありますので一緒に来て頂けますか?」

「……分かりました」










哀さんに連れて行かれたのは案の定4階の理事長室だった。
そこは文月さんにしてはセンスの良い芸術的な彫刻が施された重厚感溢れた木製インテリアに囲まれた一室だった。
比較的新しいもので揃えられた生徒会室とは違い良い意味で使い古されたヴィンテージ感が漂っていた。



「お待たせ致しました」



部屋の中央にある来客用のソファーに促されて腰を下ろす。
哀さんはどこから持って来たのか片手にトレーを持ち、トレーに乗せていたものをソファーの前のローテーブルに置く。
カチャと陶食器の触れ合う音を鳴らしながら置かれたのはティーポットとティーカップ、そしてオレンジ色のフルーツタルト。
ティーポットの中身は紅茶だろうか。ティーカップに中身を注げば茶葉の良い香りが湯気と共に漂う。
皿に乗ったタルトの台紙は店名が印刷されており市販されているものだと分かる。しかも無知な俺でも分かるほど有名な店のものだった。



「これ、俺が食べていいんですか?」

「勿論です。立夏様のために用意したものですから」



室内を満たす紅茶の香りと美味しそうなタルトの見た目にごくりと喉が鳴った。
昼食を食べた後だと言うのに成長期の身体には抗えなかった。



「……頂きます」



行儀良く両手を合わせてタルトに添えられたフォークを持ちゆっくりとタルトに刺す。
少し力を入れてタルト生地までフォークを通して口に運ぶとオレンジの酸味の後にサクッとしたタルトの味が口腔に広がる。
生のオレンジを使い、更にカスタードクリームがアーモンド風味のタルト生地と合わさり何とも言えないハーモニーを口の中で奏でていた。



「美味しい…」



ぽつりと呟くと、哀さんは口元を緩めて微笑んだ。


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