歪んだ月が愛しくて1
「……アイツは?」
アイツとは、勿論文月さんのこと。
「本社におります。本日は重役会議が入っているため主人の代わりに私がここの留守を任されました」
「この前もいなかったけど、もしかしてアイツって殆どここにいないの?」
「主人はここの理事長でありながら鏡ノ院グループの幹部役員でもございますので立夏様が仰る通り主人がここに来ることは殆どありません。来たとしても息抜きに来る程度です」
「やっぱり」
あの文月さんが真面目に仕事してるわけないか。
いつも哀さんを扱使って自分だけ楽して、あれで本当に役員が務まるのかさえ疑わしい。
「しかし立夏様をここに入学させたからにはそれも変わると思います」
「変わる?」
何が?
「主人は立夏様にとても会いたがっていますから」
「……は?」
会いたがってる?
文月さんが、俺に?
「まさか」
「本当です。今の仕事が片付いたら真っ先に立夏様に会いに来られると思います」
「どうせ俺でストレス発散したいんでしょう」
「いえ、そんなことは」
「気を遣わなくていいですよ」
ミルクを加えた紅茶を飲み干すとタイミング良くお替りをカップに注いでくれる哀さんにちらりと視線を向ける。
「……あの、本当に気遣わないで下さい」
そう言うと哀さんは俺を見て首を傾げた。
「俺…、哀さんに気に掛けてもらえるような人間じゃないので」
俺は文月さんじゃない。
哀さんの雇い主でも、ましてや目上の人間でも鏡ノ院の人間でもない。
それなのに哀さんはいつも俺を気遣ってくれる。
戸籍上文月さんの甥って立場だから表面上は仕方ないのだろうが今ここに文月さんはいない。
だから文月さんを気にしても俺の世話を焼く必要はないし出来ればそっとして置いて欲しかった。
「それには承服しかねます」
でも哀さんはそれを許してくれない。
「私にとって立夏様は主人と同じくらい大切な方です」
そう言っていつも俺を甘やかす。
素直に喜べないのは自業自得だからかな。
『―――助けてよ!』
「……見る目ない、ですよ」
あの日、あんなことを言った俺のせいだ。