歪んだ月が愛しくて1
哀Side
「いいのかな、あんなこと言っちゃって」
男は立夏様と入れ替わる形で理事長室に現れた。
教師とは思えぬチャラチャラした風貌の男―――紀田芳行はノックもせず無遠慮に来賓用のソファーに座り込む。
「……いくら主人が不在とは言えノックくらいして頂けませんか?先程まで立夏様がいらしたのですから」
「知ってますよ。だから態々外で待っててあげたんでしょう」
「頼んでおりませんが」
「またまた〜。本当は俺に聞きたいことがあるくせに」
「………」
尊大、横暴、そして無駄に自信に満ちたその表情。
似たもの同士と呼ぶべきでしょうか。どなたかを思い出させる。
「あ、お茶とかいりませんからね。話すこと話したらとっとと帰りますんで」
誰も淹れるとは言っていませんが。
「そんなとこ突っ立ってないで哀さんもこっち座ってよ。落ち着かないからさ」
「いえ、私はここで」
「別にいいじゃん文月もいないことだし。ここには俺と哀さんの2人だけだよ」
「そう言う問題ではございません」
「相変わらず固いな」
そう言って紀田先生は胡散臭い笑顔を浮かべるだけで中々本題に入ろうとしない。
百歩譲ってそれはいい。それがこの男の本質なのは分かっている。
しかし解せないのはその笑顔。それは主人を取り巻く環境であり、立夏様の心を壊したのもまた汚い大人の自分善がりな欲望だった。
「……その顔、やめて頂けませんか」
「顔?」
紀田先生はソファーに座ったまま顔を上げる。
「その胡散臭い笑顔です」
私が一番嫌いなもの。
それは私の大切なものを傷付け、穢すもの。
「特に立夏様の前では」
吐き気がする。
己の欲望を満たすためだけに他人を利用し穢す者。
そんな魑魅魍魎が蔓延る汚い世界に自分の意思とは裏腹に放り込まれて独りぼっちにさせてしまった立夏様を想うと怒りが込み上げて来る。他人にも、自分にも。
だから主人は立夏様を人目に付かぬように匿った。
もう二度と立夏様の心を壊されないように。
「不愉快です」
「………」
それなのに、また壊そうとする。
主人が大切にしている立夏様を、その心を。
(そうはさせるか…)
私が主人の傍にいる以上、立夏様の平穏を脅かすものは誰であろうと許さない。
例えそれが主人のご友人であっても。