歪んだ月が愛しくて1
我孫子と別れてから上を目指した。
明確な目的地はなかったが兎に角上に行きたかった。「バカと煙は高いところへ…」とはよく言ったものだ。
北棟の階段を登り切ると目の前には鉄製の扉が見えた。扉の手前には立入禁止の札が掛かっているが、内側から外に出られないようにするための鍵は付いていなかったので誰でも自由に出入りが出来るようになっていた。
立入禁止の札を無視して扉に手を添えながらゆっくりとドアノブを回す。
錆付いた音と共に開いた扉の向こうには意外にも誰もおらず、カラッとした澄んだ空気と静寂に包まれていた。
少し予想外だった。
屋上と言えば絶好のサボリ場所だと思っていたが、どうやらそれは漫画の中だけの話らしい。
屋上には落下防止のため高いフェンスに囲まれており、その向こうには辺り一帯緑に覆われているこの地域全体が見渡せるようになっていた。
良いところだと思った。正に絶好のサボりポイント。視界を覆う木々の緑と空の色に荒んでいた心が浄化されていくような感覚だった。
―――と思いきや。
「はぁ…」
フェンスに凭れて扉を見つめる。
段々と近付いて来る足音に深い溜息が零れる。
「よっ」
早速独りになれないじゃん。
「……何?」
野次馬や我孫子のせいで俺の機嫌は頗る宜しくない。
そんな俺の前に担任の紀田先生が現れた。
その口には聖職者とは思えぬ煙草が銜えられていた。
「ここって喫煙所?」
だとしたら失敗した。
「いや、ただの気分転換」
「……サボリ」
「そうとも言うな」
紀田先生の口から紫煙を吐き出される。
……この臭い、アイツと一緒か。
どいつもコイツも余計なことを思い出させてくれる。
「で、感想は?」
「感想?」
「一躍時の人になった感想だよ。今じゃお前を知らない生徒はいねぇからな」
「嫌味か」
「違ぇよ。こっちはマジで言ってんだよ」
「……マジもクソもないよ」
ここに来てから散々だ。
文月さんに会わなければ平穏な学校生活が送れると思いきやとんだダークホースが潜んでいたとは。
「何にせよ、厄介なもんに目を付けられたことには変わりねぇけどな」
そう言って紀田先生はまた煙草を銜えた。
顔を後ろに逸らしてしっかりと俺の瞳を見据えてそう言った。
「厄介なもん、ね…」
か細い声。
自分のものとは思えない。
「まあ、仙堂に目付けられた時点で嫌な予感はしてたが、こうもとんとん拍子に事が進むとは思わなかったわ」
紀田先生は俺の隣に並ぶようにフェンスに凭れる。
「悪い意味で」
横から紀田先生の視線を感じる。
きっと俺の反応を見て楽しんでいるに違いない。
「……興味ない」
でもお生憎様。
生徒会如きの存在で狼狽えるほど俺は弱くない。
でも、
「お前はな」
その言葉が妙に引っ掛かった。