眠る彼女の世話係(改訂版)
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主人公はリュカという、まだ12歳そこらの少女。物語は、リュカのもう一つの人格、リリアが自殺するところから始まった。
リュカは1番最初の人格で、幼少期は特になんのトラブルもなく生活していた。それが崩れたのは小学校の初めてのクラス替えがきっかけであった。優しい友達に優しい先生、仲のいい家族に囲まれていたリュカの生活は、一変する。
末っ子であったリュカはおそらく、先生に頼られるのが嬉しかったのだろう。他の生徒よりも少し勉強ができたリュカは、問題が解けない子のヘルプによくついていた。クラスのリーダーもやっていたし、小学校低学年の頃はルールを破った子を注意しても、みんながごめん、とやめてくれた。
小学校中学年、クラスが変わって、初めて人間関係がうまく行かなくなった。リュカは知らなかったのだ、みんながみんな『良い子』ではないことを。悪口に陰口、無視に暴力日常茶飯事だった。
低学年のことから持つ正義感を信じて疑わなかったリュカは、ルールを破った子に注意をした。掃除をサボる子に対して怒った。
ーーそれだけだった。それだけだったのに、リュカの周りから友達はいなくなっていった。そうしてリュカの地獄の日々が始まった。
目を涙でいっぱいにしながら、リュカは作中で言うのだ。
「なんでわかってくれないの?わたしは、悪くない!間違ったこと言ってないもん!」
実際にリュカは先生の言うことを実行しただけだった。担任の先生はよく連帯責任を求めた。ちゃんとしている子がきちんと注意しなさい。そして先生が怒る時には、その『ちゃんとしている子』が注意しなかったことを怒る先生だった。
それなのに、自分の味方をしてくれる、そう思っていた先生は自分のお気に入りの生徒を可愛がる先生で、リュカのいじめのことは黙認し、また返ってリュカを傷つけただけだった。
耐えきれなくなったリュカはとうとう、無意識に別の人格を作りだし、自己防衛をするようになる。
その人格こそがリリアだった。しばらくは共存していた2人だったが、次第に表に出るのはリリアだけになり、情報は共有しなくなった。精神的な消耗が激しかったリュカは、リリアが頑張っている中、こんこんと眠り続けた。
そして、冒頭へ戻るのだ。窓から飛び降り自殺を図ったリリアだったが、体はぐちゃぐちゃになっても、生きながらえてしまった。厳密に言えば、強制的にリュカを表に出す形で生きているだけであって、リリアの人格は死んでしまったが。
強制的に目覚めさせられたリュカは混乱状態で、記憶喪失扱いを受けていたが、リリアに密かに想いを寄せていた少年がリュカのもとを訪れることで、物語は進み始める。
少年と少しずつ親しくなるにつれて大きくなっていく罪悪感に苦しんだリュカは、少年に語りかける。
「わたしが事故にあってぐちゃぐちゃになって、原型を留めてなくてね、記憶もなくて、遺伝子が同じっていう個体だけがあって。それでも、わたしのこと、愛せる?」
少年は少し考えて、「愛すし、支えるよ」と言った。リュカは涙を流して続ける。
「でもそれって、わたし、生きてないの」
リュカはリリアの気持ちになって代弁しているようだった。
「わたしじゃない誰かを、愛してるの。そこにはもう……リリアなんて子、いないのよ」
はっと目を見開く少年に、リュカは畳み掛ける。
「わたし、リリアじゃない、本当の名前は……リュカ。リリアじゃないけど、好きだって、言えるの?」
『うん』も『ううん』も、どちらも正解じゃなかった。そう名付けられているからという理由で愛すのも、リュカとして愛すのも、なんだか違う。
「わたしをリュカとして好きだって言ってくれるんだったらねっ……あの子が、リリアが救われないのっ……わたしの、わたしの代わりにリリアは死んだのにっ……」
そんなリュカに、少年は言う。
「リリアはリュカだし、リュカはリリア。どっちがどっちで他の人格だったとしても、全くの別人ではないと思うよ、もちろん違う部分があるっていうのは分かってるんだけどね」
少年はリュカから視線を外してどこか遠くを見て、すうっと涙を流す。
「でも……そっかぁ、リリア、死んじゃったのかぁ……」
小刻みに震える手をリュカはそっと握る。
そうしてリリアの死を、ふたりで悲しんだ。
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