眠る彼女の世話係(改訂版)
いち
「なーつきっ」
「うおっ」
大学の学食で昼食をとっていた俺は、後ろから衝撃を覚えた。
「こら陸斗、夏樹がびっくりしちゃうでしょ」
そう軽くたしなめる陽太と、いきなり抱きついてきた本人である陸斗は、高校から続く大学の、俺の同級生だ。高校は一度しか同じクラスにならなかったが、不思議と気があって大学生になった今でもよく一緒にいたりする。
えーっ、と不満そうな陸斗を華麗にスルーして、陽太は俺に話しかけてきた。
「ところで夏樹、昨日バイト初日だったじゃん、どうだったの」
ついさっきまで忘れようとしていたことを思い出して、うげっと思わず声をあげそうになる。
「いや、まあ、うーん……」
言葉をつまらせた俺に陸斗は目をらんらんと光らせる。
「あーっ、わかった、あれでしょ。またお客さんに失礼なこと言ったりして怒らせたんでしょ」
「えっ、また?新しいバイトもすぐ解雇されたとか……?」
「夏樹なら……うん、ありえるわ。御愁傷様、夏樹」
とんとん拍子に話を進めていくふたりに、俺はなぜか哀れみの目を向けられている。
「勝手に話を進めるな!」
2人の額に軽くでこぴんをくらわせて、俺はため息をついて話だす。
「『だれ、あんた』」
陸斗と陽太はきょとんとして顔を見合わせた。
「失礼なこと言ったの俺じゃねぇって……俺がその子にそうやって言われたんだよ……」
思い出しただけでも悲しくなってくる。2人にどうせ笑われるんだと覚悟していると、陽太は少し怪訝そうな顔を取り繕って尋ねる。
「待って夏樹、なんのバイトするって言ってたっけ?」
「家事代行、ハウスキーパー?みたいなやつ」
家事代行。掃除だとか洗濯だとか、食事を作ったりするバイトだ。俺はつい最近までやっていたバイトでクレーマーとやり合った結果、解雇されたのだ。基本的な家事は人並みにできる。そんなんで応募してなんとか雇ってもらえた俺は、昨日が初出勤だったのだ、まさかあんなことになるとは思わなかったが。
「……それさ、ちゃんと家主に挨拶した後の話?」
陸斗は陽太が何を言いたいのかがつながったのか、ぶっと吹き出す。
「……あ」
そういえば、バイトの説明と引き継ぎをしてくれた前任の上原さんとしか話していない。一通り内容などを教えてもらった後に、上原さんに言われてその少女の部屋に入ったのだった。
顔が急激に熱くなった俺を見て、陸斗は茶化す。
「そりゃ名乗られてもないのにいきなり来られたら……ね」
「いや、でもちょっと、俺の言い分も聞いてくれ」
ハッと思い出して俺は弁解しようとする。そうだ、こっちにも事情ってもんが……。
「よいぞよいぞ、聞こうではないか」
「なんでお前は偉そうなんだよ」
「いや、なんかさ、ずっと寝てるんだよ、その子」
「ん?その子ってことは子供?」
「子供ってほどではないけど……少なくとも俺らよりは年下だな、女子高生くらいか?」
「……夏樹、変なことしてない?大丈夫だよね?」
「大丈夫だよあほっ」
ごほん、と咳払いして俺は続ける。
「でまあ、その子ずっと寝ててさ、引き継ぎみたいなのやってくれた上原さんって人も、起こさなくていいって言うんだよ、それも悲しそうにさ」
その言葉を聞いて陽太は眉をひそめる。
「なんか病気で、もう長くないとか……?」
「えっまじで……?」
確かにそう考えれば色々合点がいく気がする。ベッドの上で眠る彼女は、少なくとも健康そうには見えなかった。
「なんも聞いてないの?その子のこと」
「うん」
「その子の家族は?」
「知らん」
「じゃあ名前」
「……知らん」
信じられない、と2人は俺を非難するような目で見る。その視線から逃れるように俺は記憶を巡らせた。
「いや、なん……だっけ、りる、は?とかだったと思うんだけど」
俺の言葉に陸斗はピクッと反応する。
「え、知り合い?」
「ううん……同名なだけかもしれないんだけど、俺の好きな小説家でりるはって名前の人いてさ……。その人の小説におれめっちゃ救われてたんだけど、活動休止、しちゃって」
陽太はあぁ、と頷いて前に有名になってた人だっけ、と言う。陸斗のマシンガントークが始まる前にと思ったのか、陽太はするすると退散しようとした。
「とりあえずさ、今日もバイトなんでしょ?じゃあその子起きるまで待って聞いてみれば?色々」
「おう……」
最後に付け加えられた言葉に同意することしかできない。
うまくやれる自信がない俺をまるで嘲笑うみたいに、その日は快晴だった。
「うおっ」
大学の学食で昼食をとっていた俺は、後ろから衝撃を覚えた。
「こら陸斗、夏樹がびっくりしちゃうでしょ」
そう軽くたしなめる陽太と、いきなり抱きついてきた本人である陸斗は、高校から続く大学の、俺の同級生だ。高校は一度しか同じクラスにならなかったが、不思議と気があって大学生になった今でもよく一緒にいたりする。
えーっ、と不満そうな陸斗を華麗にスルーして、陽太は俺に話しかけてきた。
「ところで夏樹、昨日バイト初日だったじゃん、どうだったの」
ついさっきまで忘れようとしていたことを思い出して、うげっと思わず声をあげそうになる。
「いや、まあ、うーん……」
言葉をつまらせた俺に陸斗は目をらんらんと光らせる。
「あーっ、わかった、あれでしょ。またお客さんに失礼なこと言ったりして怒らせたんでしょ」
「えっ、また?新しいバイトもすぐ解雇されたとか……?」
「夏樹なら……うん、ありえるわ。御愁傷様、夏樹」
とんとん拍子に話を進めていくふたりに、俺はなぜか哀れみの目を向けられている。
「勝手に話を進めるな!」
2人の額に軽くでこぴんをくらわせて、俺はため息をついて話だす。
「『だれ、あんた』」
陸斗と陽太はきょとんとして顔を見合わせた。
「失礼なこと言ったの俺じゃねぇって……俺がその子にそうやって言われたんだよ……」
思い出しただけでも悲しくなってくる。2人にどうせ笑われるんだと覚悟していると、陽太は少し怪訝そうな顔を取り繕って尋ねる。
「待って夏樹、なんのバイトするって言ってたっけ?」
「家事代行、ハウスキーパー?みたいなやつ」
家事代行。掃除だとか洗濯だとか、食事を作ったりするバイトだ。俺はつい最近までやっていたバイトでクレーマーとやり合った結果、解雇されたのだ。基本的な家事は人並みにできる。そんなんで応募してなんとか雇ってもらえた俺は、昨日が初出勤だったのだ、まさかあんなことになるとは思わなかったが。
「……それさ、ちゃんと家主に挨拶した後の話?」
陸斗は陽太が何を言いたいのかがつながったのか、ぶっと吹き出す。
「……あ」
そういえば、バイトの説明と引き継ぎをしてくれた前任の上原さんとしか話していない。一通り内容などを教えてもらった後に、上原さんに言われてその少女の部屋に入ったのだった。
顔が急激に熱くなった俺を見て、陸斗は茶化す。
「そりゃ名乗られてもないのにいきなり来られたら……ね」
「いや、でもちょっと、俺の言い分も聞いてくれ」
ハッと思い出して俺は弁解しようとする。そうだ、こっちにも事情ってもんが……。
「よいぞよいぞ、聞こうではないか」
「なんでお前は偉そうなんだよ」
「いや、なんかさ、ずっと寝てるんだよ、その子」
「ん?その子ってことは子供?」
「子供ってほどではないけど……少なくとも俺らよりは年下だな、女子高生くらいか?」
「……夏樹、変なことしてない?大丈夫だよね?」
「大丈夫だよあほっ」
ごほん、と咳払いして俺は続ける。
「でまあ、その子ずっと寝ててさ、引き継ぎみたいなのやってくれた上原さんって人も、起こさなくていいって言うんだよ、それも悲しそうにさ」
その言葉を聞いて陽太は眉をひそめる。
「なんか病気で、もう長くないとか……?」
「えっまじで……?」
確かにそう考えれば色々合点がいく気がする。ベッドの上で眠る彼女は、少なくとも健康そうには見えなかった。
「なんも聞いてないの?その子のこと」
「うん」
「その子の家族は?」
「知らん」
「じゃあ名前」
「……知らん」
信じられない、と2人は俺を非難するような目で見る。その視線から逃れるように俺は記憶を巡らせた。
「いや、なん……だっけ、りる、は?とかだったと思うんだけど」
俺の言葉に陸斗はピクッと反応する。
「え、知り合い?」
「ううん……同名なだけかもしれないんだけど、俺の好きな小説家でりるはって名前の人いてさ……。その人の小説におれめっちゃ救われてたんだけど、活動休止、しちゃって」
陽太はあぁ、と頷いて前に有名になってた人だっけ、と言う。陸斗のマシンガントークが始まる前にと思ったのか、陽太はするすると退散しようとした。
「とりあえずさ、今日もバイトなんでしょ?じゃあその子起きるまで待って聞いてみれば?色々」
「おう……」
最後に付け加えられた言葉に同意することしかできない。
うまくやれる自信がない俺をまるで嘲笑うみたいに、その日は快晴だった。