眠る彼女の世話係(改訂版)
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 思えば思うほどに絶望感は大きくなる。いや、「絶望」なんて言葉でこの感情が表されていいものか、そんな風にも思えてくる。

(気持ち悪い……)

 薬でしばらく眠っていた体は、普通に息をするのにも向かないようで。このまま暗闇に飲み込まれて消えてしまいたかった。

「……帰って」

 そう放った声は、自分が思っていたよりも冷たかったことだろう。ベッドのそばに座り直した夏樹はびくりとした。

「……でも、調子悪そうだし……」

 1人にできない、とでも言いたげな夏樹に私は言葉を被せる。

「1人でいい、こんなの、ちょっと耐えれば終わるから、だから、帰って」

 眠れない夜も1人でよかった。次の薬が飲める時間まで耐えて……耐えたら薬を飲んで眠って。いつか死ぬその日までそれを繰り返して、そして1人で死ぬ。それが、私なりの罪滅ぼしな訳であって。
 きっと夏樹は私の事情を知らないから、可哀想な子だって思ってるんだろう。でもきっと私は、その優しさに甘えたら自分の何かががらがらと音を立てて崩れてしまいそうで、怖かったんだと、そう思う。


「いやだ」
「……っ?!」


 夏樹の言葉に私は面食らった。夏樹はそっと、私の手を握る。まるで私が逃げないように捕まえておく、と言われているかのようだった。

「俺は、1人にしたくない」

 夏樹の顔を直視できなかった。夏樹は絨毯の上から私のベッドの端っこに座って近づいてくる。否定しなければ、そう思って言葉を私は紡ごうとしたが、それはいも簡単に中断される。

「でも、」
「辛かったよね、苦しかったよね。……1人で、よく頑張ったね」

 所詮他人だ。薄っぺらい言葉なんて、当たり障りのない言葉なんて、誰だっていくらでも吐ける。だけどその一言で、私は涙腺がじわっと崩壊したのを感じた。涙を隠そうと私はクッションに預けていた体を前のめりに起こして、夏樹の背中にとん、と頭をつく。

「俺の声はまだ……まだ、りるはちゃんに届きますか?」

 1番最初に見た、ふにゃっとした笑い方に似た声だった。

「……聞こえて、ます」

 つられて私も敬語で返す。夏樹はうん、と頷く。夏樹は自分の背中に寄りかかる私をぽんぽんと優しく叩いて、言う。

「俺さ、まだりるはちゃんのことなんにも知らないんだよ。好きなお菓子とか、趣味だとか。今日が初めましての男に何言われても知るかって話だよな。でも、俺はりるはちゃんに、幸せになって欲しいって心から思ってる。だから、たくさんりるはちゃんのこと教えて。やりたいこととかたくさんやって、俺に、りるはちゃん幸せになるお手伝いさせて欲しい」


「……うん……」


 気がつけば私はそう言っていた。絆される。空気に呑まれる。そんな言葉たちが脳裏によぎった。


 だけど不思議と、ふわふわと流されているこの状況に、私はきっと心のどこかで安堵していた。
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