嘘でいいから、 抱きしめて

守護者たちの日常




─僕は、誰よりも【運】に愛されている。
例えば、どんなに危険な状況に陥っても、生き延びてしまうところとか。

「……うーん、流石にヤバいかな」

いつも通り、街の外─“外の世界”で任務を終えた。
港近くの倉庫の中。薄暗い中、広がる鉄の匂い。
床に転がるのは、敵だったものたち。

青年は己の腹部を眺めながら、掌で触れる。
ヌルッとした感触、手につく真っ赤な液体。
生暖かいそれを眺めながら、青年は苦笑い。

「あー、まーた、怒られるなぁ」

上着で縛って、仕事道具を回収する。
上着で腹部を縛ったところで、止血されるなんて思っちゃいないが、あくまで場繋ぎ。
─嗚呼、痛みが強くなってきた気がする。

「…………帰らなきゃ」

ここから消え、街に帰るまでが任務だ。
気を抜くわけには行かないと、深呼吸を繰り返して、青年は背筋を伸ばした。
幸か不幸か、街の入口はそんなに遠くない。
外に車を控えさせているし、飛ばしてもらおう。

「─おい、早く帰るぞ」

倉庫から出ると、すぐに怪我に目がいく仲間。
ため息混じりに車の扉を開け、乗るように言われる。
下手に言い返すのも面倒なので従い、車に乗ると、久々に座ったからか、襲ってくる眠気。

「お前、いい加減にしろよ」

運転席に乗り込み、エンジンをかけるアキに睨まれながらも、青年は笑い返す。─それ以外、する気力もない。

「言っておくが、寝るなよ。寝たら死ぬぞ」

「あー、わかってるよ。でも、内臓は出そうじゃないし……今回は、前よりマシだと思うんだけど」

「チッ、その腕、折られてぇのか」

「言葉言葉言葉…っ、う」

温和な見た目に反し、元ヤンに戻るアキ。

「アキ、っ、君、綺麗な見た目してるんだから、言葉遣いくらいっ、……ぁ、っ……」

「チッ、喋んなバカ」

座ったことで圧がかかったせいか、一気に血が溢れ出るような感覚。視界が暗くなり、目眩がして、青年は慌てて座席にしがみつく。

足元で汚れ防止のビニールが音を鳴らす。
組織が用意した仕事用の車は、決して汚れることがないよう、肌が触れるところは全てビニールなどで覆われ、かなり強固に防御してある。

青年は痛みに唇を噛みながらも、その対応は正しいな、と、ぼんやりとする頭で考えた。
怪我した回数は何回もあるが、毎度、このビニールで安心しているところがある。

実際、現在は腹部から流れ出る血のせいで、足元は小さな血の水たまりが出来ているし、ビニールがなかったらと思うと、本当に素直にゾッとする。

「─おい、歩けるか」

クラクラする思考の中、血溜まりが広がっていくところを眺めていると、後部座席の扉が開いて、アキが顔を出す。
そこで街に辿り着いたのだと、病院についたのだと気付き、青年はへらりと笑った。

「…、ありがとうね、アキ」

「喋るな、歩くな、運んでやるから」

「いいよ、僕は」

「黙れ」

問答無用で横抱きされて、スタスタと歩くアキ。

「お前はどうしていつもいつも……」

距離の近さに、聞こえてくる鼓動。

「聞いてんのか、馬鹿」

気を失わないように話しかけてくれるアキは本当に優しくて、眠っている暇なんてない。

車もかなり飛ばしてくれたのだろう。
俯いていて、朦朧としていたとはいえ、あまりにも街まで着くのが早すぎる。

「─悪い、ドクター!緊急で頼む!」

消えそうな意識の中、アキが、医院の院長を呼ぶ。

『おーおー、誰だー?』

……遠くから、院長の声がする。
何回も手当してもらって、命を救って貰ってるのに、本当に毎回、こんな怪我ばかりして申し訳ないな。
でも、いざという場面では、この方法がいちばん手っ取り早いと思ってしまう自分がいるんだ。

「……治ったら、今回は拳骨だな」

院長がそばにきて、ため息。

「ああ。思い存分」

アキは躊躇うことなく、青年を差し出す。

「ぇ……っ、ま……」

青年の掠れる声と引き止める手を無視して、院長の指示に従い、スタスタと歩き出すアキ。

「すまん、話はまた後でで」

アキに横抱きされて、応接室を突っ切る時、院長が誰かにそう言っていた。横目で見ると、綺麗な瞳の─……。

「─夏鶴(ナツル)には報告したが、覚悟しとけよ」

一瞬、視線が交わった気がした。でも、すぐに逸れた。

どちらかが逸らしたわけじゃない。
だから、交わったことも気のせいかもしれない。
否、アキの怖い台詞に、青年の気が取られただけかも。

「怒られるぅ……っ、」

病院に来ると、過去の怪我の記憶もあってか、痛みが増した気がする。脇腹をかすっただけのはずなのに、なんでこんなに血が出て、痛いのか、理解出来ない。

「怒られろ、馬鹿」

容赦なく見捨てるアキに縋ろうとしたが、アキは無視。
そして、入れ替わりで入ってきた院長は鬼の形相をしていた。

< 4 / 18 >

この作品をシェア

pagetop