嘘でいいから、 抱きしめて



「……ご存知なんですね」

「まあ。立場的に、色々と耳に入ってきますから。
─正直、あまり堅苦しい話し方は苦手なんだ。だから、君も普段の話し方で良いから、俺のも許して」

「……」

あくまで客人としてだったから、丁寧だったのだ。
国が管理する土地と、国から独立した土地の間には、大きな門がある。警備員がいて、身分確認があり、そこ以外から入ったものは、即座に捕まえられる土地。

きちんと手順を踏み、許可を貰えば、門で通してもらえるが、その手順は厳しく、街の人間も“外の世界”の人間が入ってくることに対し、あまり好感を抱かないゆえ、“外の世界”から人が立ち入ることは滅多にない土地とされる。

国の法律はこの土地においては無効と化し、適応されない為、この土地の中で起こった罪は全て、この土地独自の決め事で裁かれる。

その詳細は知らないが、来る最中に歩いてきた街は“外の世界”とは何ら変わらない、穏やかな街並みだった。
街に住む人々が皆笑い合い、幸せそうだった。

子どもたちの笑う声、楽しそうな姿。
穏やかに微笑み合う、お年寄り達。

バスやタクシーも走っており、車道もきちんと整備されているので、自家用車も走ってる。
お店も“外の世界”と遜色なく、豊かな街。

「ここまで許可証なく踏み込んだら、君はもう客人ではなく、この街の住人だ。街のどこに行くのも自由だが、外よりも監視の目は多いことは、重々承知しておいてね」

その事に関しては、予め納得している。
かつてあった悲劇の数々を考えれば、妥当なものだ。

「─理解した。しかし、僕の話し方は物心がついた時からこうだ。貴方を不快にさせなければ良いが」

「アハハッ、全然!そんなんで不快になんてならないよ。それも、君の個性のひとつだろう?君はこの街で産まれ育った訳では無いけど、この街で生活する素質は十分にある。君は君らしく、これからも振る舞っていい。問題があれば、きちんと伝えるよ。この街は騒々しく、予想外で、それでいて、異常な場所だ。身の危険は無いことだけは保証するが、君は呆れ、驚き、次第に慣れ、気持ちが変化していくと思う。何かあれば、教えてくれ」

両手を広げ、振り返る彼。
その目は鋭く、微笑んではいたが、一筋縄ではいかない相手であることは明らかだった。
陽向さんが言う通り、彼を含むこの街の支配者一家を掌握するのは、国には不可能だろう。

「さっきも言ったけど、基本的にどこに行くにも自由だ。行く宛てがなければ、昼間は俺の医院に居ていい。研究のために、廃墟に行く際はくれぐれも事故に気を付けること。没落した名家の家とはいえ、事件の現場でもある。一応、所々は手を入れているが、それでも長年、雨風に晒されていて、危険だからね」

「理解した」

「あと、この街の外に出たければ、一度教えてくれ。手続きをする。この街の中でも、外に向かう時でも、必要であれば、護衛もつけよう。今日は殆どが出払ってるから、また後日、紹介するよ」

「護衛?」

「うん。外で言う、警察の代わりみたいなものだと思って貰えればいい。黒宮(クロミヤ)家が担当している。血縁関係などがある家ではないが、まぁ、外の世界で生きられなかったものを含め、多くの人間が属している組織だ。その黒宮当主と、幹部って言うのかな、そのメンツを紹介するよ」

聞き覚えのない家名からして、黒橋家に属する、黒橋家が生み出した家なのだろう。

「実力については、めちゃくちゃ強いから安心して」

……彼がそう言うということは、相当だろう。
優しい医者として有名な彼だが、その過去は割と荒れており、喧嘩を売ることは無かったが、売られれば、負け無しだったと、陽向さんからは聞いている。

百名弱の相手をして、無傷で帰ってきたことは有名な話だ。

「わかった。よろしく頼む」

廃墟研究に励むために呼び出されたが、この街での生活は外での生活よりも楽しめそうだ。


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