だから、あたしは
 部屋の一番奥のデスクを見ると二年B組の大河内陶麻という男子が座っていて、彼の周囲の空気がヒンヤリしているように感じられた。スタイリッシュな銀縁の眼鏡が似合っている。筆書きしたかのような切れ長の涼やかな瞳に細くて鋭角な鼻筋。まるで中華ファンタジーの皇子様のような涼しげな美しい顔をしている。

「あのぉ、僕、野球部に入りたいんですが、よろしいでしょうか!」

「ああ、それなら、用紙に必要事項を記入してくれないか」

 スッと立ち上がる。 

 おおっ、常に背筋がのびているのね。この人は何気ない所作が綺麗だわ。普通に歩いているだけなのに能でも舞ってるみたいに見えるわ。どうしたのかなと想って身つめていると、背後にある棚から用紙を取り出すとボールペン手渡してくれた。

「へーえ、山田いずみ君は、幼稚園から小学生の間はアメリカンスクールにいたのか。それにしても華奢だね。背も小さいね」

「百六十四センチあります!」

 強い口調で言い返すと、大河内はオヤッと驚いたように見つめ返した。

「説明しておくよ。ここは選手以外に将来を見据えてスコアラーやトレーナーといった裏方志望の人もいる。君は、何を希望しているのかな?」

「マネージャー志望です」

「ハッキリ言うよ。君は、今のままでは野球部に入る資格がないんだ」

「えっ! 資格って何ですか!」

「君の髪型はポニーテールだよね。でもね、うちは長髪は禁止なんだよ」

「髪型は清潔であれば自由だって校則に書かれていますが……」

「学校の掟はそうだ。しかし、スポーツに適した服装というものが必要なんだ。入部するなら、ここで断髪してもらいたいんだ」

 ハサミを取り出して机の上に置きながら試すように視線を返している。大河内が読んでいる本のタイトルは、『ケンブリッジのエリート達』だった。

「あのね、例えば、自由の国のアメリカでも海軍に入れば軍の規律に従うよね。どんなにカジュアルな気風の会社でも制服着用の義務があれば、それに従う。こ野球部は長髪は禁止なんだ。だから、掟は守って欲しいんだよ」

「なぜ髪が長いと駄目なんですか」

「クロスプレイになった時、その長い髪の先っぽが相手の目にバシッと当たるのを避けたいんだよ。それに、ヘルメットを被るのも髪が短い方がいいと思うよ」

「なるほど……」

 独特のオーラに誘導されて素直に銀色のハサミを受け取った。どっちみち、長髪だと制服が似合わないも。あたしは適当にポニーテールをつかんだ。鏡も見ずに一気に切るとバサッと床に落下した。

「ヒュー! 勇ましいねぇ。君っていいなぁ~ 本当に切っちゃうなんて面白い子だね~」

 えっ、何なのよ。急に軟派な口調になっている。しかも、あたしの頬に指先を添えて薄っすらと微笑している。

「いやっ! さわんないでよ!」

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