だから、あたしは
 反射的に振り払ってしまった。すると、大河内が面白そうに目の奥を細めたのだった。

「頬に、髪の残骸が張り付いていたから取ってあげようとしただけなのに、どうして、そんなに甲高い声を出すのかなぁ?」

 何もかも見透かすような口ぶりにドキッとなる。なんだろう。この人の雰囲気は独特だけど、その目は刺し込む光の加減によっては、虹彩が緑がかっているようにも見えるわ。不思議な雰囲気に引き込まれて不覚にも心を乱してしまいそうになる。

「君、よく考えた方がいいよ。もしかしたら、後悔することになるかもしれないよ。うちの野球部は新入生に対して厳しいんだよ。ちなみに、今、雑用係りをしているのは一年の騎士くんだ」

 野球部のグランドの全容が見える。騎士が先輩達のコップに水を注いでいるところだった。三人の先輩達はベンチに座りタオルで顔を拭きながら騎士の尻を蹴り上げている。

「おーい! 騎士、これも洗っておけよな」

「騎士、コーラーもってこいよ! グローブの修理もしとけよ。ボールも磨けよ! ていうか、とっとと新しいタオルを持って来い!」

「騎士! まだそこにいるのかよ。おまえ、さっさとラインを引けよ!」

 忙しく動き回っているというのに坊主頭の男が騎士が引いたラインを足で揉み消して嫌がらせをしている。シンデレラのように酷使されているのね。 やだなぁ。どうして、あんなふうに騎士の頭を小突くのよ。

「全員が陰険な訳じゃないよ。あれは悪しき伝統なんだよ」

「でも、なぜ騎士ばっかり?」

「副キャプテンの鈴木は騎士くんを追い払うと必死になっているらしいね。とはいうものの、他の一年も先輩にこき使われているよ。野球ってそういう文化が根付いているものなんだよ。君、そういうの耐えられるの? やめるなら今のうちだよ」

「御忠告、有難うございます。覚悟して入ります!」

「そうか。何かあれば僕を頼りにしてくれていいよ。ただし、その際には代償は支払ってもらうけれどね~」

「はぁー、代償?」

 何じゃ、そりゃ。賄賂でも渡せと言っているのだろうか。なんとも意味不明な台詞だった。やだー。薄気味悪いわ。というか、この人は、こんなところで何を優雅に座ってるのかしら。あたしは尋ねずにはいられなかった。

「あなたは練習しないのですか?」

「僕はね、先月から肘を痛めているんだよ」

「そうですか……。失礼な質問をしてすみません。練習できなくて残念ですよね」

「いや。全然、平気だよ。ここだけの話、僕は、普段から練習は極力しない主義なんだ。治っているけど傷めている事にしてサボっているんだよ。外は暑いだろう? 僕は、蒸し暑さに弱いんだよね~」

 ほわーんとした声とは裏腹に、この人が醸し出す空気は他者を寄せ付けないところがある。少し戸迷いながらも正直者のあたしは告げていた。

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