だから、あたしは
「大河内先輩は謎が多くて私生活が見えないもんな。頭が良すぎる人の思考回路は分からん」

 ちなみに、鈴木を中心とした陰険な先輩グループは少し離れたところにいる。理由は謎なのだが、本田は大河内の存在を恐れている。新入りのあたしにもそういう空気が何となく分かる。

 ふっと大河内が微笑みを浮かべた。

「ナックルは投げられるんだろう? ぜひとも見てみたいな」

 大河内はあたしの実力を知りたいらしい。あたしは投手用のグラブを手にしながら言う。

「大河内さん。キャッチャー用の防具を付けなくていいんですか?」

「平気だよ。君、そんなに速い球は投げられないだろう?」

 どんな遅い球でも顔に当たると大変なことになってしまう。それなのに、プロテクター類を付けることもなく球を受けるというのだ。あらあら、本当にいいのかしら。

「さぁ、思いっきり投げていいよ、ほら、遠慮しないで!」

「はーい。では、行きます!」

 パシッ。まずはストレートを投げてみた。

「コントロールはいいね。だけど、球威はまったくないね。君は、筋トレをしなくちゃいけないよ」

「分かりました。頑張って筋肉を付けまーーーす!」

「はい。いい子だね。今度は、もう一球、外角低めに投げてみて」

 はいと返事をしてから大きく振りかぶる。一級目を投げた弾みで指先が滑ってしまった。やばい。軌道が逸れている球を大河内は器用にグラブで押さえて止めている。

「惜しいね。でも、いい軌道を描いていたよ。じゃ、お得意のナックルを投げてみてよ」

 昔、ナックルを褒められたことがあった。当時は十二歳の女の子だったからお世辞を言った可能性もあるが披露してみたいと思っていたのだ。

「ナックル行きまーーーーす!」

 大きく振りかぶって大河内のミットめがけて投げ込んだ。パシッ。急な変化に大河内は対応することが出来なかったのかもしれない。ボールを受け止めることなく胸に当ててしまった。

 あたしは青褪めながら駆け寄った。

「どうしよう! 肋骨、折れていたら大変ですよ! 病院で診てもらわないと」

「……大丈夫だよ」

「いいえ! そんな訳にはいきません! 僕の責任です!」

 すぐにタクシーで総合病院へと向かった。レントゲンを撮った結果、軽い打撲と診断されたのだ。あたしはホッと胸を撫で下ろした。

「良かったですね。肋骨が折れてなくて!」

「でも、運動はしばらく控えるように言われてしまったな。あーあ、残念だね。明日も、やろうと思っていたのになぁ」

「明日は休んで下さいよ!」

「ええーーー。寂しいな。僕は君が好きなんだよ~」

「どうしてですか!」

 彼は、ゲイっぽく振る舞っているけれどもノーマルだと思う。

「みんなどこかで僕に壁を作るが、君は何でも率直に話すよね。そういうのっていいよね~」

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