だから、あたしは
 大河内は、エレベーターに乗った途端に背後から抱き着いてきたのである。ええーー。何なのよ。人に見られたら誤解されてしまうじゃないか。マジでボーイズ・ラブみたいなことになっている。

「大河内さん、やーだ。離れて下さいよーーー」

 エレベーターは二階から一階へと降りていくところだった。

「ごめんね……。少しだけ休ませて」

 予測不能な人だ。子猫が甘えるようにダラーンと囁いている。

「病人だから許してよ~」

 チーンという軽やかな音と共に扉が開いたのである。と、こにエレベーターが降りて来るのを待っていた人がいたのだ。

「いずみ!」

 前にいたのは騎士だった。やばい。あたしは大河内に抱き締められている。騎士も言葉がみつからないらしい。あたしは大河内にバックハグされたまま慌てふためいた。

「……えっと、騎士! 大河内さんは怪我したの。でも、骨折していなかったんだって!」

 なぜ、こんなに動揺しなくてはいけないのだろう。自分でもよく分からないや。

「大河内さんは歩くのが大変だから、お、おんぶしようとしていたの! 背負おうとしていて、そ、それで……」

「ふうん、そうか……」

 騎士の声と表情に張りがなくなっている。ピリッととした空気の中、大河内が、あたしの背後から甘えるように囁いた。

「騎士くーん。このまま山田くんに自宅まで送ってもらってもいいかな?」

「……なぜ、俺に聞くんですか?」

「君が、山田くんの保護者のように振舞っているからだよ。騎士くんが嫌だって言うなら無理強いしないよ~」

「……先輩は歩くのも大変なんですよね?」

 えっ。何をするのかと思うと、騎士が急にしゃがみこんだのだ。

「先輩のことは俺が背負いますよ。タクシーをすぐに呼びますから、あとは運転手さんにお任せます」

 何だか剣呑な雰囲気だった。あたしの背中に貼り付いていた大河内が苦笑している。

「どうやら、騎士くんは御機嫌斜めのようだね。おんぶの必要はないよ。タクシーに乗って学校に帰る」

「そうですか。やっぱり、歩けるんですね?」

「胸が痛いのは本当だよ。それじゃ、またね~」

 大河内がスタスタと歩いていた。その後姿を見送りながらも騎士は険しい顔つきをしている。あたしは不穏な空気を和らげようと明るい声を出した。

「あっ、しまったーー! あたしも大河内さんと一緒にタクシーに乗るべきだったかも。学校にカバンを置いてきちゃったよ」

「心配するな。おまえの荷物は俺が家に持って帰ってる」

 ありがとう。

 そう呟きたいけど、何となくピリピリしているよね。病院からは出てバスを待つ間も、ずっと騎士は浮かない顔つきだった。

「どうしたの?」

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