だから、あたしは
 シャワーを浴び終えた騎士が髪をタオルで拭いながら言う。

「おまえ、鈴木先輩に対して貧乏だなんて指摘したのかよぉ……。デリカシーが無いよな」 

 鈴木は、幼い頃に両親を失っている。野球で推薦枠を勝ち取って進学するという悲壮な決意をしているのね。

「鈴木は貧しさに喘いでいるわ。これでハッキリしわ。財布を盗んだ犯人は鈴木なのよ」

「いやいや、そうとは限らないぞ。鈴木さんはそれほど悪い人じゃない。俺は、余裕ぶっこいている大河内さんよりも鈴木さんの方に人間味を感じるよ。つーか、鈴木先輩自身も一年の頃に上級生に目をつけられてリンチされたことがある。爪先を踏まれて左手の薬指が自由に動かなくなっているんだぜ」

「へーえ、そんなの気付かなかったな」

「中世の怪物みたいに薬指が鉤みたいに変形してる。医者に行く暇もないし、お金もなかったからそんなふうになってしまったんだろうな」

 何とも痛ましいエピソードである。

「努力して鈴木さんはショートのポジションを上級生から奪った。彼は、野球に人生を賭けている。俺としては、どうしても本格的に嫌いにはなれない」

「たから、譲っちゃうの? そんなの変よ。野球で生きていくならこれから先もいろんなライバルが出てくるんだよ! 今のうちに切磋琢磨しておくべだわ!」

「……大河内さんは、おまえのそういうところが好きなんだろうな。最近、大河内さんが笑ってる。あの人の変化に、みんな驚いてるぜ」

 あたしと違って騎士達は大河内とは距離を持って接しているのだ。

「いずみも大河内さんといると楽しいんだな?」

 バサバサと頭を拭き終えたかと思うと、濡れたタオルをこちらに手渡している。

「わりぃ。タオルを洗濯籠に入れといてくれないか。早く、おまえも風呂に入れ」

「ねぇ、最後に入った人が風呂を洗うのよね。仮に、騎士があたしと一緒に入った場合はどうなるの? どっちがお風呂の掃除をするシステムなの?」

 その問いに深い意味なんて少しもなかった。あたしは、すっかり身も心も少年になっている。

「ねぇねぇ、一緒に入ろうよ。騎士の背中を流してあげてもいいよ」

「やめろ。そんなの無理だ!」

 鋭く叫んだかと思うとハッとしたように口篭った。一瞬、目を漂わせたかと思うと、どこかしら迷っているような恥じているような奇妙な表情に変化した。騎士は目線を逸らしている。

「本当に好きな奴と風呂に入れよ。その方がいいよ」

 騎士は困ったように曖昧な顔つきのまま微笑んでいる。

「大河内さんのことが好きなんだろう?」

 その言葉に、あたしの心に亀裂が走る。

「そんなの勝手に決め付けないでよ! 大河内さんとは何でもないよ! 恋愛感情なんてないよ!」

「まぁ、でも、いつかは誰かに恋をするんだよな」

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