だから、あたしは
 デカイわよーーーっ! 全長二十センチくらいのサイズにビビって青褪めた。

 悲鳴をあげて腰を抜かしていると母屋の玄関の方から騎士が慌てて飛び出してきた。彼は、男物のサンダルの裏で、地面に蠢くムカデを踏み潰したのよ。

 躊躇なく古い新聞でくるんで捨てた。そして、あたしの傷を治療しようとしたのだ。焼酎の瓶を握り締めたまま急かしている。それで消毒するという。

「おい、噛まれた箇所を見せろよ。とっとと脱げって言ってんだよ!」

 あたしを押し倒してシャツをめくろうとするものだから、やめて欲しくて、騎士の胸部を脚で蹴って抵抗していく。

「やだーーーーー」

「気色悪い声を出すなよ。噛まれたところに焼酎をかけるんだよ。毒を中和する。ぜんぜん痛くないぞ」

 あたしに馬乗りになり両腕を押さえつけたまま、華奢なあたしの身体をねじ伏せている。あたしのシャッをめくると脇腹を消毒しながら苛立ち紛れに怒鳴った。

「うるせぇよ! 大袈裟に騒ぐなよ! 俺は男に興味がないから心配するな! もういいぞ」

 治療してくれているようだが、その声も手つきも乱暴で雑な扱いを受けてしまっている。

 あたしは縁側の隅っこしゃがみ込み、俯きながら涙ぐんでいた。

 人間の尊厳を踏みにじられたって感じ。

 何か、今、トランスジェンダーの人の苦悩の欠片が見えたような気がしたわ。

「あたしは女の子なのよ。ちゃんと、女の子として扱ってよ……」

 視線を揺らすようにして見つめ返すと軋むような声で訴えていく。

 あたしの気持ちにようやく気付いたのか、彼は、ハッとしたように表情を変えた。彼は、戸惑い気味に瞳を揺らして喉をゴクリと鳴らしている。適切な言葉が見つからなかったのだろう。性同一障害でメンタルが揺れ動いている転校生という設定のあたしへの配慮が欠けていたことに気付いて後悔している。

「ごめん」

「二度と話しかけないでね! キライ、キライ! 大嫌い!」 

 あたし、少し前までは本物の女の子だったのよ。そう言いたいけれど、これはどうしても、世間には明かせない秘密だ。

 ああー、やだわ。いつになったら、あたしは女の子の身体に戻れるのよ?

 日本には知り合いもいない。悲しくて途方に暮れながらも部屋に閉じこもるしかない。ガチでへこむ。こんなの寂し過ぎるわよ。心と身体がチグハグのまま生きることが、こんなに辛いとは知らなかった。

 とにかく、あたしは、世にも奇妙な状態のまま耐えるしかないのだ。

早く、元に戻りたいよーーーー。





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