だから、あたしは
13 本田という悪魔
「それじゃ、止むまで雨宿りしようぜ!」

 二年生が大急ぎで三階のトレーニングルームへと駆けていく。しばらく待っていれば豪雨も止むだろう。全体練習は終わったが五人ほどの一年生が自主的に残っているのだ。

 あたしがアンダーシャツ脱ぐと、目の前にコップを差し出された。あたしの顔を見つめながら騎士が言う。

「いずみ、ちゃんと水分捕球しろよ」

「うん。そうだね」

「いずみ、どうした? 何か顔色が悪いぞ」

「ああ、うん。ちょっとオシッコしたいの。漏れそう」

 慌ててトイレに入っていった。あたしは、いつも個室に入って座ったまま小便する。しかし、生憎、ひとつしかないトイレの個室には先客がいたのだ。あれは何だろう。モワモワとした煙が立ち込めている。煙草の臭い!

「やだ、誰か煙草を吸ってる!」

 あたしは挑発するようにドアを叩いた。こんなところで煙草なんて許せない。というか、あたしは尿意が迫っているのよ。

「漏れちゃいます。僕、ウンコしたいんです! 下痢です」

 それは嘘。乱暴にドンドンと叩き続けた事が功を奏したのか、やがて、内側から人がノッソリと出てきたのだ。不機嫌そうな顔の本田が顔を突き出している。

 もう帰宅するつもりなのか、本田は制服に着替えている。そして、胡乱な顔つきで言い放った。

「いいや、駄目だ。おまえ、他所に行けよ。俺は、まだ、ここを使うんだよ。バーカ!」

「先輩、煙草を吸っていましたね!」

 ストレートに言うと、悪びれることなく本田が卑しい表情で笑ったのだ。

「さぁな。俺が入る前に誰かが吸ってたんじゃねぇのか?」

 だけど、便座の足元に吸殻がある。いやいや、そんな事よりも気になることがある。トイレの個室の隅に見覚えのある財布を見つけてしまった。

 茶色の革製の財布。

 スペインのデザイナーの奇抜なデザインで日本では、あまり流行っていない。

「先輩、これは僕の財布ですよ。ロッカールームで盗まれたものなんです。どうしてここに?」

「そんなのしらねーよ。俺が入った時に転がってたんだよ。これがおまえのものだっていう証拠はあるのかよ?」

「……ありますよ」

 あたしは持ち物に油性マジックで名前を書くことにしている。こうすれば、泥棒は言い逃れが出来ない。拾い上げてから、財布のカード入れの内側を見せた。

「ほら、ここに小さく名前が書いてありますよ。僕のものです」

「ケッ。だせぇーな。財布にひらがなで名前を書くような馬鹿がいるのかよ」

 鈴木はあたしの写真を拾ったと言っていた。財布を盗んだ奴は、ここでお金やプリクラなどを抜き取ったのかもしれない。

 それにしても、先刻から本田の歪な目付きが気になっていた。この匂いは煙草よりも、もっとヤバイものだ。あたしは便器の際に落ちている吸殻を拾いながら咎める様な口調で告げた。

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