だから、あたしは
「前から本田さんの黒い噂は聞いていたんだよ。だから、おまえを野球部に入れたくなかったんだよ。クソっ、なんで、俺は、おまえを止められなかったんだろう! 殴られたのは顔と腹だけなのか? 救急外来に行くか?」

「駄目! 身体を見せられない。事件にしたくない!」

「何もしない訳にはいかないだろう。臓器が損傷していたらどうする。骨も折れているかもしれない。炎症や感染症を抑える抗生物質も必要だぞ」

「病院には行かないよ。行きたくないの。無理に連れて行ったら一生許さないからね」

「でも……。医者に診てもらわないと。あっ、そっか、身近にいたぞ……。姉ちゃんは天才獣医なんだ。姉ちゃんなら女だし、おまえも恥ずかしくないだろう?」

 困惑したようにあたしの衣服に目を向けている。ワンピースの肩や胸が無残に破れている。顔のファでーションは崩れ果てている。ああ、ヒドイ有様だよね。

「とりあえず着替えろよ。おまえのパジャマを持ってくるよ」

「あたし、シャワーを浴びたいの!」

「いいや、駄目だ。姉ちゃんの診察を受けてからにしろ! だけど、診察前にメイクを落とした方がいいよな。俺、母ちゃんのクレンジングを取ってくるよ。姉貴にも電話しとく」

 すぐさま、着替えと澄子さんの部屋からクレンジングシートを持ってきたのだ。あたしはクレンジング用の化粧水とコットンで顔を拭いながら言う。

「騎士、今日の晩御飯ってとんかつなの?」

「なんで、そう思うんだ?」

「だってー。エプロンにパン粉がついているんだもん」

「ふふっ。惜しいな。コロッケだよ。あとは揚げるだけっていう状態だったのさ。おまえが帰ってくるのを待っていたんだ。でも、飯なんて食えそうにないよな。つーか、今日は鏡を見ないほうがいいぜ。おまえ、きっと、へこむから」

「そ、そんなにヒドイことになっているの?」

 あたしとしては笑みを浮かべたつもりだった。しかし、心に反して大粒の涙がポロッとこぼれている。騎士は、黙って、あたしの涙をタオルで拭っている。そして、長い睫毛を揺らしながら囁いたのだ。

「おまえ、もう野球部から身を引いた方がいいぜ……」

「西島先生がいてくれるなら、あたしはいなくてもいいかもしれないね……。こんなこと言うのは、意外だけど、あたしは楽しかったんだよ」

「そうだろうな。ブルペンでも生き生きしてたな。ずっと、キラキラした顔で笑っていたもんな」

 それから、騎士は甲斐甲斐しく氷をビニール袋に入れて持ってきた。

「冷やしてやるよ。火傷したのって、どこだよ?」

「背中に押し付けられたの。脇腹の後ろ側がヒリヒリするの。傷はどうなっているの?」

 騎士に背を向けるとワンピースを脱いだ。パンツ一枚になったけれども恥しいとは思わない。

「クソ。ここまでやるのか。あいつらを殺してやりたい!」

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