だから、あたしは
21 悩み
桃園にこっひどく反撃された本田は三日前に退学している。加藤は、塩をかけられたナメクジのようにおとなしくなっている。ああ、いい感じ。平和な野球部になっているわ。

 しかし、相変わらず騎士の様子はおかしかった。三塁側のベンチの前のスペースに立ち黙々とバットを振っていのだが、鋭いナイフのような鬼気迫る表情を浮かべている。

「おおっ! 騎士、やけに気合が入っているよな」

 菊太郎は呑気に感心している。

 けれども、何かに追われるかのように練習に打ち込む騎士は異様なんだよね。

 それとは対照的に、呑気な様子で大河内が近付いていくる。チラリと騎士の姿に目を向けながら興味深そうに呟いている。

「騎士君は、湧き上がる煩悩を振り払いたいようだね。思春期の若者にありがちなことだよね~ ふふっ、騎士君って分かりやすいよね」

「煩悩って何ですか?」

「可愛いくて罪つくりな君が彼を悩ませているんだよ。騎士くんは、君のせいで悶々としているんだよ」

 あたしの額をピコっと小突きながら優しい声で囁いている。

「ねえ、山田くん。君と彼との間に何があったのか言ってごらんよ」

 あの不思議な瞳で心の底を覗き込もうとしているものだから、実はと吐露しそうになった。おっと、危ない。

 言うもんてすか。

 あたしはパッと視線を外して誤魔化そうとした。言えないよ。無理だよ。騎士とキスしたなんて大河内には言えないよーーー! 

 けれども、勘のいい大河内は本質を見透かしているかのような眼で見つめている。恋に関するトラブルだってことは分かっているのね。

 それでも、あたしは頬をカッと火照らせながら告げていた。

「な、何もありませんから!」

 そのうちに騎士も元に戻ると信じたいよ。こんなピリピリした空気が続くとしんどいよ。精神的にキツクて耐えられないよ。けれども、騎士とあたしの関係は日に日に深刻になっていったのである。

           ☆


「どうしたの? 山田くん、最近、元気がないわね?」

 この日の放課後、部活の合間に西島先生が心配そうに尋ねてきた。

 九日間も、一言も騎士とは喋っていないこともあり、あたしは精神的に参っていたのだ。年上の優しい女性に甘えたい気分になっていた。ということでベンチでお水を補給しながら打ち明けていくことにした。

「実は、昨夜も騎士の帰りが遅かったんですよ」

 明け方にコッソリと戻って来たんだけどね……。

「どこに行っていたのかが分からないんです。騎士のお母さんが聞いても全然答えようとしないし、彼は、最近、ずっと様子が変なんですよ」

 明らかに、彼はあたしを避けている。騎士からは何も話しかけてこない。あたしが普通に話そうとするとスッと背を向ける。

 西嶋先生は優しく微笑みながら言った。

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