だから、あたしは
「昨夜のことなら知ってるわよ。騎士くんはファミレスにいたわ。あたし、気になったから、なぜ、そんなところで勉強しているのって聞いたの。そしたら、家でジッとしていたら頭がどうにかなりそうだって言ってたの」

「そ、そんなことを言っていたのですか?」

「家にいるのが嫌だなんて、もしかして思春期なのかしら。ほら、盗んだバイクで走り出したい年頃だものね。何か心に刺さる事件が起きたのかもしれないわね」

 それを聞いたあたしは胸がギュッと強く締め付けられてしまった。原因はあたし。あの夜、あんなふうにキスした事が良くなかったのかもしれない。

「安心しなさい。思春期は永遠に続かないものよ。そのうち元通りになるわよ。あっ、そうだ、忘れてた」

 西島先生がピンク色のジャージのポケットからチケットを取り出している。

「うちの妹が演奏会を開くのよ。良かったら、お友達を誘って見に来てちょうだい。気晴らしにどう? 騎士くんには忙しいって言って断られちゃったの」

「……あ、ありがとうございます」

 友達というと能天気な菊太郎しか浮かばないなぁ。澄子さんは、土曜の夜には韓国語会話のレッスンを受けている。他に知り合いというと……。

 なぜか、鈴木が浮かんでしまった。女装のあたしと鈴木のデート。こんなのは有り得ない。

 はてさて、どうしたものかと迷ってしまう。地面に座ったまま前屈をしていると、大河内がダラーンと背後から覆いかぶさってきたのだ。

「僕の可愛い山田くーん。今日も可愛いね~ どうしたの? 何か悩んでいるみたいだよね?」

「……んっ! んっ」

 背中を押されたせいで太股が苦しくなってきた。顔が歪んじゃう。やだやだ。今、そんな事を聞かないでよーーーー! 

「悔しいから、今日もガンガン攻め返してやりますよ! 覚悟、しといてください!」

 あたしは胸の筋肉や腕のストレッチの補佐役としてグイグイと攻めてやる事にした。けれども、大河内は平静を装っている。そっかー。どんなに責めたところで平気なのね。大河内は元々、身体が柔らかいんだよね。

「先輩、キャッチボールの前に水を飲みます」

「あっ、僕も水分を補給するよ」

 コップを片手に顔を見合わせるとホッと心地よく気持ちが弛緩していった。あたし、この人といると落ち着くわ。なんていうか、あたし達って相性がいいよね。

 大河内は、あたしの隣に腰掛けたまま気持ち良さそうに呟いている。

「ねぇ、山田くん。僕達、生まれる前から知り合いだった気がしないかい? きっと、前世は恋人同士だったったんじゃないかな。そんなふうに空想することはないかい? 僕はあるよ」

「やだぁ! 何ですか。それ!」

「ハッキリさせておきますけど、大河内さんは本当の僕を知ったら驚いちゃいますよ」

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