だから、あたしは
「うん。そうだよね。前から分かっているよ」

 透徹した表情を浮かべている。ヒリヒリしたものを感じさせる眼差しを向けている。

「僕は人魚姫だ。分かっているのに君を誘ってしまう。僕という人間が騎士くんの本心を掘り起こしてしまうんだ」

 大河内の部屋に入ると、背後からいきなり強く抱ぎ締められていた。

「えっ?」

 抗う暇がなかった。大河内は、あたしの腰を抱き寄せている。そのまま、あたしの頬にキスしようとしている。

 それは駄目。大河内の腕に手を添えて軽く突き放していく。

「いいえ。キスは出来ませんよ。あたしは、大河内さんのことは友人として好きですよ。でも、だからこそ出来ないんです」

 あたしは少し離れながら大河内さんを見上げた。大河内さんは泣いているように見える。何だかあたしも切なくなってしまう。

「分かっている」

 彼は、静かに諦観の眼差しを向けたまま、こんな台詞を告げていたのだ。

「ごめんね。それじゃ、友達として美味しい料理を作るよ。イタリアンが得意なんだよ。山田くんの口に合うといいんだけどね……。食べてくれるよね?」

「はい。お願いします」

 だつて、あたしはとても空腹だったんだもの。

       ☆
 
 パスタを頬張った瞬間、ボーノと頬に指を添えて呟いていた。おおっ、あたしの舌が無邪気に喜んでいる。まさしく、これはボーノだわ。

 アサリと海老のパスタで、ほんのりとニンニクの香りが漂っている。

「美味しいよ。大河内さんは何でも出来るんですね。生ハムと野菜のサラダのドレッシングも酸味があって癖になりそうです」

 大河内がパスタを茹でたりサラダを作っている間に澄子さんにメールを送っていた。

 あたしは、今夜、大河内の自宅で眠ることにしたのだ。

『今夜は友人の家に泊めてもらいます。明日の朝食と昼食はいりません』

 こういう時、男の子同士だと便利なのだ。あたしが女の子なら澄子さんは外泊することを許したりしない。

 それにしても、ここは立派な部屋だだわ。2LDK。高校生が一人で住むには広過ぎるように思う。

「このマンションは、うちの祖父が所有しているものなんだよ。だから、家賃はダダなんだ」

 そう言うと大河内が肩をすくめた。

「実は、このマンションは空襲で亡くなった子供の幽霊がいるんだよ。ほら、山田くんの肩を叩いているよ」

「きゃーーーーーーーーーーー。嘘よ。そんなの嫌ーーーー」

「嘘だよ。あはは。騙された。ここにいるのは僕と君だけだ」

 時刻は午後九時。明日は学校も休み。大河内は、普段、何時頃に眠るのだろう。

「どうする? 部屋で映画でも見る? それとも、もう眠る?」

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