だから、あたしは
「大河内さん、帰ります! どうしても帰らなくちゃいけないの! 追いかけなくちゃいけない! このままじゃ嫌なの! 騎士と一緒に帰ります!」

 叫びながら洗濯機のスイッチを押していく。ストップ! 乾燥の最中だったけれど構うもんか。

 慌てて着替えて身支度すると、大河内に一礼していたのである。

「大河内さん。す、すみません。帰ります! 今、騎士を追いかけないと一生後悔するような気がするんです」

「君は、そんなにも騎士くんのことが好きなんだね」

 苦渋に満ちた声と眼差しを、あたしは、きっと一生忘れることはないだろう。大河内が、南に面したリビングのベランダへと連れ出して遠くを指差している。

「ほらね、騎士くんはあそこにいる。まだ間に合うよ」

「えっ?」 

騎士は、足早に横断歩道を渡り切ろうとしているところだった。あたしは手摺に手を付いて身を乗り出しながら大声を出していく。

「待ってよ! 騎士! すぐに行くから、そこで待っていてよ。どこにも行かないで! あたし、帰る。一緒に帰りたいのよ!」

 焦る気持ちを高ぶらせながら大声を出して訴えていく。

「お願い! 騎士! 行かないでーーー!ーー」

 でも、待ってくれないのね。それなら追いかけるしかないわ。

「大河内さん、ごちそうさまでした! 昨夜は楽しかったです! では、また!」

なるべく、大河内を見ないようにしていた。半泣きの絶望の顔の大河内の気配を振りきり、慌てて靴を履いていると、彼は傷付いたようにポツンと哀しい声音で呟いた。

「山田くん、さようなら……」

 永遠に会えないかのような切ない声が響く。

 ごめんなさい。大河内の魅力を知りながらも、心は、いつもいつも騎士だけに向いているの。騎士が愛しい。騎士に会いたいの! 

 この苦しさの正体にずっと前から気付いている。

 行かないで、行かないで! あなたが……。あなただけが……。あたしは、あなたが好きなの。

 エレベーターが一階まで降りると、扉はゆっくりと開いた。もどかしかった。外の世界へ飛び出すと、日光が眩しくて一瞬、軽い眩暈がしてしまう。

          ☆

 騎士、お願い。行かないでーーー。

 並木のすぐ前にある横断歩道が左側にある。ホッとしていた。だって、騎士が舗道にいたんだもの。

 通りにはいくつかの商業ビルやお洒落に店が並んでいる。

 居酒屋と動産屋さんの前に騎士は止まっている。どんな表情なのか分からないが、彼は、あたしを見つめている。駆けていくつもりだった。その時、邪魔が入ったのだ。一台の四駆自動車があたしの脇でブレーキをかけている。かなり乱暴な感じの急停車だった。

 どういうこと? 後部座席のドアが開いたかと思うと若い金髪が腕を伸ばし、そのまま、強引にあたしを車内へと引きずり込んでいる。

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