琥珀色の溺愛 ーー社長本気ですか?
「・・・今日ここへ来る前に一緒に食事をした相手は私だって言っただけよ。お願い、信じて。暴力なんて振るってないわ」
食事・・・。
そういえばさっき葵羽もそんなことを言っていたな。
彼女さんにニンニク臭くなかったと伝えて、だったか。
そうか。
俺の顔に笑みが戻る。
おそらくあの口づけは葵羽のやきもちだ。
そしてあんなに口づけが深かったのも彼女にとってはいやらしさというより俺のニンニク臭の確認作業だったかもしれないが。
にやけすぎて表情が崩れそうになり、慌てて考え込む風を装い鼻から下を手で隠して俯いた。
その姿にも女はびびり俺は心の中で笑いが止まらない。
怒りで震えているか訴える以上の悪巧みをしていると思われてるか。
「確認だが、今までも妻に接触したことがあったのか」
ふと気が付き女を睨むと、女は身体を硬くした。
そうか、あったのか。
俺の心は決まった。
「今後長谷川社長の会社との付き合いは考えさせてもらう。異論は無いよな」
「待っーー」
待つはずもない。
女に背を向けてタクシーに乗り込むと運転手に行き先を告げた。
「ーーーで、お前なんでここに来たわけ?」
長年の友人でありビジネスパートナーの矢沢滉輔が俺に冷たい視線を送る。
「まあそう言うなって。ほら差し入れ。こっちがタレでこっちが塩。手羽はゆず塩にしてもらった」
「お、焼き鳥じゃないか。まだほかほかだ。うんうん気が利く上司だなあ」
手のひらを返したように機嫌がよくなった友人がデスクからソファに移動して焼鳥を頬張る。
「奥さんの方は大丈夫か」
「あー、瑠璃は心配ない。欲しがってたピアスで機嫌はとれた」
「ピアスねぇ」
喧嘩の度に物を買い与えていたらそのうちこいつんちの宝石箱やらクローゼットが満杯になるんじゃないのか。
なぜそんなに喧嘩になるのかも謎だ。
「お前らいくつ離れてると思ってるんだ」
「あー、お前んとこと同じ年だから10才だな」
だったらなんでそんなに喧嘩になるんだか、と考えてこれ以上追求するのはやめた。夫婦げんかは犬も食わないと葵羽に言ったのは俺だ。
俺もぱくりと塩味の砂肝の串を咥える。
うん、やっぱり砂肝は塩だな。
「高級スーツ着たモデルみたいなイケメン外国人が焼き鳥の砂肝食べてる姿なんて何度見てもホント笑える」
「やめろよ。見慣れてるくせに」
「バーボン飲んでそうなお前の好物が焼酎に梅干し突っ込んだやつとか味噌まんじゅうとかな。朝食はお茶漬けだっけ」
「いいんだよ。お茶漬けは身体が温まるから身体にも優しいだろうが」
「毎朝トーストにスクランブルエッグ食べてる俺とお茶漬けのお前とどっちが日本人なんだって話だよ。お前日本に染まりすぎだろ。正座勝負しても俺が負ける自信しかないわ」
ゲラゲラと陽気に笑う滉輔につられて俺も吹き出した。
「葵羽ちゃんってお前の好物知らないだろ」
「そうだな。一緒の食事も数えるほどしかしたことないし」
「・・・・・・でどうするんだよ。この先。大政の方が何とかなったら」
「離婚するかって?」
何か言いたげな滉輔に腹黒い笑みを返してやる。
「うわ、怖ぇえええ。マジで葵羽ちゃんに逃げろって言った方がよさそう」
そんなことしたらどうなるかわかってるなと目を細めると滉輔は黙った。
さすが親友、正解だ。