琥珀色の溺愛 ーー社長本気ですか?
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・・・・・・目の錯覚だと思いたい。
見えてはいけないものが見えている気がしてならない。

出勤すると、奥の事務の共有スペースの大テーブルにパソコンとタブレットを置いて作業している社長の姿が目に入った。
書類もたくさん広げているし、冷めていそうな飲みかけのコーヒーもあってついさっき来たようには見えない。

えーっと、なぜここに。

普段ここには来ないから社内に社長のデスクというものが存在しない。
そのくらいここに来ないのだ、あの人は。
なのに??

「お、疲れさまデスーー」

小声でびくびくしながら入っていくと室内にいたスタッフからの返事が返ってくる。
部屋の奥、こちらを背にした社長は気が付いていない様子でパソコンに向かっている。

「ああ、葵羽ちゃんお疲れ」

滉輔さんが仕事の手を止め顔を上げてちょいちょいとわたしを手招きする。

荷物を持ったまま近付いていくと滉輔さんが気持ち悪いほどニヤニヤしている。
まさか昨日の夜のこと知ってるわけじゃないよね。

「実は、俺今日からしばらく定時上がりするからね。社長から許可もらってる。もうちょっとしたらたまった有給休暇も使うからさあ。あー、やっと奥さん孝行できるよー」

え?は?

「で、葵羽ちゃんって今日と明日は夜の社員面談だよね。俺居残りできないから今日と明日、社長が来てくれることになってさ。さすがに男性社員と若い女性を夜二人きりにさせるわけにはいかないじゃない。同席はしないけど、社内には誰かいないとさ。いやあ社長が来てくれて助かったねえ」

よかったよかったと笑顔の晃輔さんにこちらが慌てる。
何がいいものか。何も助かってない。助からない。

「夜っていっても19時ですよ。それにその時間はいつも他に残業してる社員はいますし別にわざわざ社長に来てもらわなくてもーーそれか面談の日程をずらすとか」

「いや、今日の面談相手ってデザイナーの伊勢君だろ。彼忙しくて昼間はどうしても時間とれなくてって事でその時間になったじゃないか。こっちの都合でずらしちゃダメだよ。次なんて言ってたらいつ都合が付くかわかんないし」

ええ、ええわかってます。伊勢さんが忙しいのも。面談をデザイナー優先の時間にするのも。
だからわたしが午後出勤にして時間を作ったんですから。
政府の方針とやらで労働時間の制約がかかって以降いろいろ気を遣いながら働いてますよ。

でも、面談って本来平社員のわたしの仕事ではないと思うし、だったら社長がやればいいのでは。

社員面談って普通は上司が社員に何か問題がないか、改善して欲しいことなどを聞く場で、厳密に言うとここのトップは滉輔さん。更に上に社長がいる。彼らの直接の上司は晃輔さんであってわたしではない。

だがなぜ平社員のわたしがそれをしていたのかというと、わたしが晃輔さんの補助の雑用係で社長の妻だからってわけで。管理職ではないけれど管理職に最も近いというグレーな立場。
それに私であれば意見を言いやすいってことが一番の要因だ。

でもここの社員の皆さん、わたしが社長の妻だからってことで垣根を作るわけじゃないし、むしろこんな役割がなければそのこと忘れているんじゃ?ってくらいフレンドリー。

まあおかげで楽しく働かせてもらっているけど。

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