琥珀色の溺愛 ーー社長本気ですか?
「じゃあ社長がやればーーー」
「いや、やらないよね。クリスじゃあ社員だって緊張して何も言えなくなっちゃうんじゃないの」
まあそうだけど。
「でも、面談自体には社長は参加されませんよね?だったら社内に誰かが残っていればいいのでは。その時間ならいつも誰か残ってますし、別に社長じゃなくても」
「もし残ってなければ?」
え?
「俺もうちの社内に不埒なことをする奴がいるとは思ってないよ。いつもは残業で誰と誰が残ってても気にしないし。でもね、葵羽ちゃんに関しての警戒は別なんだよ。ちょっとした隙も作りたくないって社長がさ。これも永久にってことじゃないから、息苦しいかもしれないけどもう少し我慢して」
わたしに対する特別な配慮だと言われてしまうと文句も言いにくい。それはもうわたしだけの問題じゃないからだ。本当に叔父たちの存在と社長の妻という立場が恨めしい。
「それともわたしがいると何か困ることがあるのかな、マイハニー」
んぎゃっ
「音も立てずに近付くのはやめてください、社長」
急に背後から声がしてびっくりして腰が抜けそうになってしまったじゃないか。
「ネコがシッポを踏まれたような声だったな」
滉輔さんが笑い出し、室内にいたスタッフもクスクスと笑っている。
「社長はお忙しいのにわざわざこちらに来ていただいて。申し訳ありません」
そう思ってないけど、一応言っておく。
「夫としては気になるだろう。若くてかわいい愛する妻が男性社員と夜二人きりになるかもと聞けば。それに、彼なかなかのイケメンだし」
「あら何をおっしゃってるんですか。仕事ですよ、仕事。純粋なおしごとです」
あははははーと軽く笑ってやる。
どの口がそれを言う。既婚者でありながら噂になった女性の数は掃いて捨てるほど。向こうから寄ってくるだけでなく、明らかにこの人は自分の整ったお顔を利用している。
まあ、さすがに自分のところの社員には手を出してはいないようだけど。
社内のお掃除をやらされていた身としてはあなたとは違うと言わせていただきたい。
「でもその彼と二人で食事する関係なんだよね。だから夫としては心配してもおかしくないんじゃないかな」
え?
社長の笑顔に背中が冷やっとする。
伊勢さんと二人で食事をしたことをどうしてこの人が知っているのだろう。
帰り道に偶然会って食べただけのこと、やましいことは全くないのだけれどそんな笑顔で言われると悪いことをしているような気になってしまう。
「あー、ちょっとそれ以上は自分ちでやってくれ。ここ職場。お前の会社だけど、職場だから。夫婦げんかは従業員の前でやることじゃないだろ」
滉輔さんに言われて社長が「ああ、すまない、年下の妻のことになると狭量なものでね」と言って開いたままのパソコンが置かれたテーブルに戻っていった。
わたしがぐるりと室内を見回すと私たちの話を聞いていたであろうスタッフたちが微妙な顔をしてわたしの視線を避ける。
伊勢さんにかわいい彼女がいることはみんなが知っていることだし、わたしと伊勢さんの関係が疑われているわけではないだろう。
それよりもまたいちゃつきが始まったかって呆れられているのだと思うけど。
わたしの隣の席の経理の小山さんなどは「はいはいごちそうさま」と無音で口が動いているし。
こうしてポイントを押さえるようにたまに社長が顔を出してのろけるようなことを口にするものだからスタッフの皆は勘違いしているし、私たちが月に数度ほどしか顔を合わさない別居夫婦だとは知らない。
わたしが飲み会にフル参加なのもスタッフと個人的にご飯を食べに行くのも社長が忙しすぎて夕食を一緒に取れないすれ違い夫婦だからだと思われている。
わたしもわざわざ不仲とか別居しているとか言わないからなんだけど。
何となく納得がいかず不機嫌なまま午後のお仕事をすることになった。