琥珀色の溺愛 ーー社長本気ですか?
「もう少しアピールしておくか」
赤信号の横断歩道で立ち止まったところで囁かれたと思ったら繋いでいた手を離され腰に回された。嫌な予感はすぐに確信に変わる。
「緊張しないで、マイハニー」
今度は髪にではなく頬と額にキスが落ちてくる。
私は避けないように身体を支えるのでいっぱいいっぱいだ。
信号が変わり歩き出してもなお周囲からの視線が痛い。
再び恋人つなぎに戻して歩き出したけれど私の心臓はまだバクバクしている。
もちろん顔には出さない。
「だいぶ慣れたじゃないか、マイハニー」
「ええ、おかげさまで」
にっこり笑顔で心の中で大きくあかんべーをしてやる。
二人の間があまりによそよそしいといろいろなところからつけいる隙があると思われてもいけないということで猛特訓をされたのだ。
思い出すと遠い目になってしまうーーーー
彼と手を繋ぐ。身体を寄せる。腰を抱かれる。
そして髪や頬、額のキス。
人前でされても驚かないように親密な行為に慣れておく必要があった。
そのおかげで心の中はともかく見た目には平静でいられるようにはなった。慣れだ、慣れ。
「さて、もうひと頑張りして貰おうか、マイハニー。いよいよ本番だ」
目の前にあるのは株式会社大政の本社の大きなビル。
今日の私たちの目的地で敵の本拠地。
ーーーーこの存在のせいで彼は私と結婚したのだ。
最上階の社長室に案内され・・・るわけではなく、私たちが案内されたのは普通の商談ルーム。
社長同士が顔を合わせるというのにこの扱いは嫌がらせでしかない。
無愛想な女性社員に「どうぞ」といわれて出されたお茶に口をつけると明らかに質の低い煎茶で、思わず顔を上げると正面に座る見知った顔の営業部長と目が合った。
気まずげな申し訳なさそうな顔をしているからこれもわざとなんだと納得する。これでもこの会社の前の社長の娘だ。他のお客にはもっと上等なお茶を出していると信じたい。
今日の訪問の表向きの理由はうちの会社と交わしているちょっとした契約の更新。
それは滞りなく終わり、次は本来の目的である大政の現社長との面会だ。
ーーーー遅い。
約束の時間はとうに過ぎていると思うけど。
とうに契約更新手続きは終わり、営業部長が冷や汗を拭きながら時間を繋ぐために世間話をしてくれている。
いくら大企業の社長だからってこちらも発展している会社の社長だ。こんなに待たせていいはずがない。
「クリス、こちらの社長さんはお忙しいようですので今日は失礼しませんか」
私の発言に目の前の営業部長の顔色が変わる。
「お、お待ちくださいお嬢さま。す、すぐに社長を呼んできますから。どうかもう少しーーー」
「そうだよ、葵羽。こちら様にとっては定期的にかわいい姪っ子に会えるチャンスなんだ。それを少し遅れたからって無しにしてしまうのは可哀想じゃないか」
隣に座っている社長が宥めるようにやさしく私を説き伏せる。まあそれもポーズだけど。
営業部長は大汗をかきながら傍らにいた男性社員に何か伝え頷いた男性社員は急いで退室していった。
かわいい姪っ子ね。
誰も彼もがそれが真実でないと知っているのに営業部長は縋るような目で私を見ている。
でも忙しいのはうちの社長も同じこと。
時間が遅れているのはただの嫌がらせだ。
帰りましょうと言いかけたところでやっと大政の社長ご一行が姿を現した。