琥珀色の溺愛 ーー社長本気ですか?
「やあ、遅くなってすまないね」
「いいえ、お気になさらず」
不愉快なのは私だけじゃないはずなのにうちの社長は笑顔で返している。さすが大人の余裕。
すまないねなんていいながら少しも悪そうな顔をしていない大政の社長にムッとする。ずいぶん、本当にずいぶん遅れてますけど。
「葵羽も待たせて悪かったね。おやどうした?ちょっと疲れてるんじゃないか。顔色が優れないようだが」
ええ。待ちくたびれて疲れているんです、当たり前だろうが。
そう言い返そうとしたら先手を打たれた。
「シュミット君。うちの姪を働かせすぎなんじゃないのか?葵羽、だから言ったろう。うちの隆一と結婚すればよかったんだ。そうすればそんな気苦労することなんかなかったのに」
「そうだよ、今からでも遅くない。さっさと離婚して俺のところに来ればいいじゃないか。仕事なんかする必要はないし何でも好きなものを買ってやるぞ」
大政の社長の背後にいた細い男が目を輝かせてしゃべり出す。
ああだからこの人たちに会いたくなかったんだ。
「私の夫はここにいるクリスチアーノです。離婚する気はありませんし、仕事も好きでやっています。無理させられているわけではありませんからどうぞご心配なく」
ここ2年半何度も繰り返した台詞をうんざりした表情を隠さず告げてやる。
私の台詞と同時に社長が私の肩をぐっと抱き寄せるまでが一連の流れだ。
「ふうん。その割には世間に君たちの不仲説が出てるけど」
キリギリスのように痩せぎすの隆一が目を細めて私たちの顔をいやらしく交互に見る。
株式会社大政の現社長である私の叔父の文吾もうちの社長に嫌な視線を送ってくる。
「君にはうちの姪の他に親しい女性がいるそうじゃないか。日本は一夫一婦制なんだよ。不倫なんて外聞の悪いことをするのなら姪を解放してくれないか。その方が相手の女性の為にもなるだろう」
「いやですね。私の妻は葵羽ひとりですよ」
社長が飄々と応える。
「私には愛人などおりませんよ。何度言われても離婚する気はありません。毎回そのような話ならこの月イチの面会自体も無しにしますが」
「いや、面会は正式な取り決めだろう。君が勝手に籍を入れるようなことをするから。面会は私たち親族がかわいい葵羽を守るために必要なことだ。私には義兄に変わって葵羽が不当な扱いを受けていないか見張る義務があるのだからね」
叔父は尊大な態度で彼を見据える。
そんな様子に私は呆れるしかない。
なにがかわいい葵羽だ。
叔父たちが大事なのは私ではなく私が持っているここの会社の株式と財産だ。
「まあとにかく、私と葵羽が不仲だなんてことはありませんからご心配なく。もちろん不当な扱いなどしておりません。葵羽は大事な私の妻です」
なあ、と彼に同意を求められ、私も深く頷いた。
「どこで何を聞いたのか知らないけど、私たちの間は問題ありませんから」
「それにしては結婚から2年以上経ってるのに妊娠もしてないみたいだし二人で社交している話も聞かないし。彼の方は他の女と出歩いてる話ばかり耳にするけどね」
まだ言うか。
トゲのある隆一の言葉に苛々が募る。
「妊娠出産のようなデリケートな問題は親族と言ってもあなた方とするような話ではありません。私の取引先には女性の経営者もおりますので会食などをすることもありますが、それは男性経営者も同様です。必要があれば会食やゴルフなどもしますよ」
「だったら今日のパーティーも葵羽を連れて参加するんだろうな。いつもの女じゃなく」
「ええ、勿論そのつもりです。それといつもの女というのが誰のことを指しているのかわかりかねます。何度も言いますが、私の愛する妻は葵羽ひとりですよ」
売り言葉に買い言葉なのか、社長の返答に一瞬固まりそうになった。
愛する妻・・・・・・。
それと今日どこかのパーティーがあるらしい。どこに連れて行かれるのか。
そんな話は聞いてないから元々彼は私を同伴させるつもりなどなかったのだろうに。