琥珀色の溺愛 ーー社長本気ですか?
「クリスはよくこちらに?」
「いや、こういうところだから、仕事帰りに寄るわけにもいかないし、中々機会が無くて最近足が遠のいていたな」

確かにあの高級スーツでここに来るのは勇気がいる。
自分の袖をクンクンするととても美味しそうなにおいがするけれど、これが部屋着でなければ涙目になっているところだ。

大将が次々とお肉を運んで来てくれる。

人のことは言えないけれど、クリスは意外とよく食べる人だった。
一緒に食事をする時は会食やパーティーの場だったことがほとんどで、お互いに素を見せていなかった。
私の素の姿は既に今日の朝食で晒してしまっていたけど。


今日も会話に困ることはなかった。
話題はお互いの食べ物の好み、部屋のインテリアの話、この辺りの買い物や散歩コースの話。

焼酎を飲むクリスは美術品じゃなくてちゃんと人間だった。


たくさんのお肉とお酒を堪能した私たち。

「帰るか」
「はい」
小上がりを下りるときに私に手を貸してくれる。
何気ない仕草もやっぱり紳士だな。

揺るぎない腕の力と温かさにこの人に守ってもらえる立場を得られた自分の幸運を神に感謝したくなる。

クリスが離婚をしないと言うのであればそれに甘えたい。

外面を外したこの人の隣は案外気持ちがいい。



クリスに「ごちそうさまでした。また一緒にお願いします」と伝える。

「ん」とだけ声を出したクリスが私の額にキスをするから思わず「んふふ」と声が出てしまう。
途端にクリスの剣呑だった目が柔らかくなった。

「また、そのうちな」

もう一度額にキスが落ちてきた。
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