琥珀色の溺愛 ーー社長本気ですか?
狼にご用心
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今朝もいつものコンシェルジュさんに挨拶をしてマンションを出る。
今日もいい天気だ。
昨日の伊勢さんの告白は衝撃的だったけれど、一夜明け冷静になって考えてみるとからかわれただけのような気もする。
そして、是非そうであって欲しい。
クリス、早く帰って来ないかな。
「あーちゃん」
いきなり近い距離で声を掛けられ驚いた。
出勤途中、多くの人が行き交う路上で不自然に近付いてきた人を認識するのが遅れてしまった。
恥ずかしいことに昨夜の火村さんのお弁当が美味しすぎて今朝になっても上機嫌で気が緩んでいたのだと思う。
「朝の忙しい時間にごめんね。10分、いや5分でいいから時間欲しいな」
私の進路を塞ぐように立っているのは”百人一首のお兄ちゃん”の中林さんだった。スーツ姿だし彼も仕事に行くところだと思うけど。
「急いでいるんですが」
気持ちが下降していく。
不愉快ですという表情を前面にだしてじろりと睨んでやる。
「あーちゃんの気持ちはわかるけど、そう敵意を向けないで欲しいな」
中林さんは困ったような笑顔を向けてくるけれど、野木サイドの人間に気軽に私の気持ちがわかるなんて言い方はして欲しくない。
「敵意を向けられる理由がおわかりでしたら私に近付かないでください。お話なら次回の面会の時にお願いします」
本当ならあんなところには行きたくないし、話もしたくない。
「待って、あーちゃん」
くるりと背中を向けて歩き出そうとした私の腕を中林さんが掴んだ。
思わずビクリとすると「ごめん」と慌てて手を離して肘から上の両手を上にあげて降参ポーズをとる。
「これ以上は絶対に触れないからその犯罪者を見るような目は勘弁して。特に旦那さんに言うのはやめてね。俺はちょっとあーちゃんと野木の人間には聞かれたくない話をしたいだけだから。すぐ、すぐだよ。すぐ済む」
すぐ?そんなことを強調する辺りが怪しい。
怪しすぎる。
でも、”野木の人間に聞かれたくない話”には正直興味がある。
「じゃあここで聞きます。どうぞ」
「あー、うん。まあそうだよね、あーちゃんのその危機管理は正しい。ああ、俺の車そこに停めてあるけど、車内に連れて行くわけにもいかないよね・・・・・・。あー、うんわかってるって。だからその犯罪者を見るような目はやめて。・・・・・・じゃあせめてちょっと端に」
確かに広めの歩道ではあるけれど、今は朝の通勤通学時間帯で歩く人は多く、立ち止まっている私たちはそんな人々の迷惑になっている。
「ええ」と頷いて近くの開店前のテナントビルの前に移動した。
いつも始業時刻よりかなり早めに出勤しているから5分や10分話を聞くには問題ないけど、いったい叔父たちに聞かれたくない話って何だろう。
警戒心だけは緩めずに昔懐かしい面影が残る百人一首のお兄ちゃん、中林さんの顔を見上げた。